本研究は、写真画像の質感を画像処理技術によって操作することで、画像の記憶特性にどのような変容が起こるかを解明することを目的としている。本研究計画のこれまでの研究から、深層学習技術を用いて、風景写真画像に対して絵画的スタイルを与える(スタイル転写を行う)ことで、写真画像の短期記憶にバイアスが生じることが明らかとなった。すなわち、記憶された風景画像を想起する際に、特定の絵画的スタイルの画像が回答されやすいというバイアスが見出された。このようなバイアスは短期記憶と長期記憶の両方で見られたが、バイアスの生じ方は両者で異なっていた。数理モデルを用いてこれらのバイアスの生起メカニズムについて検討をおこなった。 また、顔の質感(光沢・シミ・シワ・色味・陰影など)を操作・編集する画像処理プログラムを開発する研究を実施した。その成果はRのパッケージとして提供され、また論文として出版された。このプログラムを使用して、顔画像を用いた記憶実験を実施した。顔写真に対して肌質感を操作する加工を行い、元写真に比べて肌にシワが増えた画像や、その反対にシワのない滑らかな肌の画像を作成した。それらの画像を用いて記憶の再認課題(old/new課題)を実施した。その結果、肌の質感操作によって回答にバイアスが生じることを示唆する結果を得た。すなわち、滑らかな肌質感の顔に対してはold反応が生じやすく、シワの多い肌質感の顔に対してはnew反応が生じやすかった。 最終年度では、当初から行なっていた風景写真を絵画風に変換する技術を用いた絵画質感についての研究をさらに進めた。絵画様式を、従来のように一次元的に操作するのではなく、二次元的に操作できるようにして、回答の選択肢の自由度を高めた。この実験においても、絵画質感の記憶には系統的なバイアスが存在することを示唆する結果を得た。
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