研究課題/領域番号 |
19K23400
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
黄 欣馳 東京大学, 大学院数理科学研究科, 特任研究員 (00852534)
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研究期間 (年度) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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キーワード | 時間非整数階偏微分方程式 / 逆問題 / 安定性評価 |
研究実績の概要 |
本研究では時間非整数階偏微分方程式に対し幾つかの逆問題の一意性及び安定性評価を確立する。以下で実施した研究の成果について説明する。 (1)時間非整数階微分を含む熱方程式:時間非整数階微分を含む熱方程式は汚染物質の不均質媒体における異常拡散現象を記述するモデルである。数学解析のはじめとして初期値・境界値問題の一意存在性、即ち、汚染物質濃度の初期空間分布と領域の境界における濃度が与えられた場合、濃度の空間分布と時間発展が一意的に定まることを証明した。また、濃度の時間変数に関する多項式オーダーの減衰を確立した。さらに、濃度の短期的時間変化を影響する拡散係数及びその長期的挙動を決める非整数階数を再構築する逆問題を論ずる予定である。これらは汚染物質の拡散状況の予測などに役立ち、応用の観点から重要な問題である。 (2)時間非整数階微分を含む波動方程式:一階微分の代わりに時間非整数階微分を減衰項として波動方程式に導入するものは、振幅の時間減衰を緩め、光音響・熱音響イメージングにおけるモデル式である。前述と同様に、初期値・境界値問題の一意存在性を確立し、理論的にモデルの妥当性を検証し性質を調べた。さらに、光音響イメージングから提起された境界観測データによる初期値を決定する逆問題を論じ、データの変動が小さい時に初期値の変動も小さいという安定性を確立した。この逆問題は医学診断や非破壊検査などに密接し重要な課題である。 (3)時間非整数階拡散方程式系:不均質媒体において二種類の物質が互いに影響し拡散する現象を考え、二つの時間非整数階拡散方程式からなる方程式系を考察する。具体的に、境界観測データを用いて物質の相互作用を表す係数を決める逆問題の安定性を証明した。この成果は時間非整数階拡散方程式系の逆問題に対する初めての理論的結果であり応用上で多数の物質の異常拡散現象の定量的な研究に貢献する見込みがある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は「研究実施計画」の通りに進展している。 現在までの研究は「研究実施計画」の第一段階及び第二段階に該当する部分である。 第一段階では、時間非整数階微分を含む熱方程式(A)または波動方程式(B)を考察する。(A)に対して解の一意存在性に続き解の漸近挙動までも証明した。ソース項を決定する逆問題の安定性が既に確立され、階数を決める逆問題の一意性及び安定性に関する研究が進行中である。一方、(B)に対して計画の通りに解の一意存在性を証明した上でソース項決定の逆問題を論じた。それに加え、光音響イメージングから提起された初期値を再構築する逆問題の安定性も確立した。 第二段階では、時間微分の階数が1以下の時間非整数階拡散方程式を考察する。階数が1/2の場合、時間非整数階拡散方程式を通常の偏微分方程式に変形し予定通りに係数項決定逆問題の安定性評価を証明した。それに、このような安定性結果を二種類の物質の異常拡散現象を記述する時間非整数階拡散方程式系に拡張した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の今後の推進方策として次の二段階に分けて説明する。 第一段階:微分の階数が 1 と 2 の間の時間非整数階偏微分方程式を考察する。先行研究が僅かであるため、まず順問題の解の一意存在性や漸近挙動などの性質を調べる。次に、そのような性質を利用しソース項・係数項決定逆問題の一意性を確立する。さらに、Carleman 評価という手法を微積分作用素に対して再考案し逆問題の安定性評価を得る。ただし、適切な Carleman 評価をうまく確立出来ない場合、固有関数展開などの解析手法を用いて解の公式を使用することで逆問題の安定性を論ずる。 第二段階:それまでの逆問題の一部に対して数値的再構築を実現する。具体的に、ソース項または係数項決定の逆問題を考察する。従来の手法では、繰り返して順問題の数値解を求めることが必要であり、それにより非整数階微分から生じる計算コストが膨大になる。そこで、数値解析を専門とする協力研究者と共同研究し、より高速な数値解法を開発する必要がある。しかしながら、現時点では新型コロナウイルスの影響を受け海外渡航が強く制限され数値解析の専門家とうまく議論できないことが想定できる。状況に応じて研究計画を変更し数値解析の代わりに逆問題の理論的研究を深めることにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は下記である。 (1)研究の数値解析にまだ取り込んでいないため、数値計算などに使う部品費を次年度に使用する予定である。(2)ビザ申請手続きの都合により計画した海外研究滞在を次年度に回すことになる。また、新型コロナウイルスの影響で年度末の海外学会への参加などを取り消し、海外への研究滞在の日程も大幅に遅らせた。 翌年度分として請求した助成金と合わせた使用計画について箇条書きで説明する。 (1)数値計算などに使用するコンピュータ及びソフトウェアの購入に使う。(2)協力研究者が多数いるフランスと中国に研究滞在する予定であり、その旅費として使用する(1ヶ月/回、計2回)。(3)日本国内にいる協力研究者と議論するとき、旅費として使う。
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