研究課題/領域番号 |
19K23445
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
重河 優大 国立研究開発法人理化学研究所, 仁科加速器科学研究センター, 基礎科学特別研究員 (60845626)
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研究期間 (年度) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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キーワード | トリウム229 / 原子核時計 / アクチニウム / プロトアクチニウム / Th-229m / 核異性体 / 真空紫外光 |
研究実績の概要 |
Th-229mはTh-229原子核の第一励起準位であり,8 eV程度の極端に低い励起エネルギーを持つ.基底状態のTh-229をレーザーによってTh-229mへ励起することができれば,超高精密な原子核時計を作製できると期待される.レーザー励起を実現するためには,0.1 eV程度の精度でTh-229mの励起エネルギーを決定すること,Th-229mのγ線放出の半減期を決定することが必要である.本研究では,Ac-229やPa-229を介してTh-229mの化学的状態を制御することで,これらの実現を目指す. 2019年度はTh-229mのγ線の観測と半減期の決定を目指して準備を進めた.本研究では, Ac-229やPa-229を高バンドギャップのCaF2結晶にドープすることで,生成されたTh-229mの内部転換を禁制にしてγ線を検出する.Ac-229やPa-229を精製しつつ結晶へドープするために,既存のイオン源とセクター型質量分離装置を利用することとした.2019年度は,質量分離の最適化の際に用いる検出器系を微量放射性同位元素用に改良した.一方,Th-229mのγ線(真空紫外光)を高感度・低バックグラウンドで測定するために,真空紫外光測定装置を設計・製作した.本装置では,CaF2結晶から放出されるシンチレーション光を測定することにより,Ac-229・Pa-229・不純物の放射線によるバックグラウンドを除去できる.また,複数のバンドパスフィルタを用いることで,検出された光子のエネルギーを絞り,229mTh由来のγ線の検出を確実に証明することが可能となる.また,測定用真空チャンバーを大気開放せずに試料を導入できるため,Th-229mの半減期が短い場合でも迅速に測定を開始できる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1) Th-229m由来の真空紫外光を高感度・低バックグラウンドで検出するための真空紫外光測定装置を設計・製作し,(2) 229Acや229PaをCaF2結晶へドープするためのシステムを設計できたため. (1) 真空紫外光測定用真空チャンバーには真空紫外光測定用の光電子増倍管に加えて,CaF2結晶のシンチレーション光測定用の光電子増倍管も設置されている.これにより,Ac-229・Pa-229・放射性の不純物の放射線由来のバックグラウンドをアンチコインシデンスにより除去することが可能となる.2つの光電子増倍管はペルチェ素子によりマイナス30度程度まで冷却され,低ノイズで測定を行うことができる.また,229mThのγ線に対応した8 eV付近の光のみを透過するフィルターと,それ以外のエネルギーの光のみを通過するフィルターを光電子増倍管の直前に配置し,真空外から交互に入れ替えられるようにした.これにより229mTh由来のγ線の検出を確実に証明することができる.また,測定用チャンバーを大気開放せずにCaF2結晶を導入するために,試料導入用の真空チャンバーを設置した.これにより測定用チャンバーの真空排気時間や真空排気後の光電子増倍管の立ち上げ時間が不要となり,229mThの半減期が短い場合でも素早く測定を開始できる. (2) 加速器により製造された229Acや229Paを様々な放射性不純物から分離しCaF2結晶へ打ち込むために,既存のイオン源と磁場セクター型質量分離装置を利用したシステムを設計した.質量分離装置の後段にチャンネルトロンを新たに設置することで,微量の放射性同位元素を感度よく検出して最適な条件で質量分離を行えるようにした.また,チャンネルトロンの直前に複数のCaF2結晶を設置し真空外から交互に入れ替えられようにすることによって,効率よく多数の測定試料を作製できるようにした.
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は,光子測定装置の性能を評価するとともに,目的元素のCaF2結晶へのドープ法を確立する.そして,実際にAc-229やPa-229を加速器で合成してCaF2結晶にドープし,Th-229m由来の真空紫外光の観測を目指す. 光子測定装置の性能評価では,Ra-224をCaF2結晶に打ち込んだ試料を用いる.Ra-224とその娘核由来の様々な放射線が発生する環境下で,アンチコインシデンス法によりバックグラウンドを十分に落とせるかどうかを評価する.必要に応じて,光電子増倍管の配置方法や検出回路等を最適化する. CaF2結晶のドープ法を確立するために,Ac-228やPa-233を用いてイオン化・質量分離装置のテストを行う.イオン化前の試料はペレット化されている必要があるため,Ac-228やPa-233を安定元素と混合してペレット化する.イオン化効率ができるだけ高くなるように安定元素の種類や化学状態などを最適化する.質量分離においては,磁場・加速電圧・スリットの幅等のパラメータを最適化して十分な効率・質量分解能の達成を目指す. Ac-229やPa-229はTh-232にサイクロトロンで加速したプロトンビームを照射することで製造する.照射後のTh-232線源を化学的に処理することで,核分裂生成物等の様々な不純物からAc-229もしくはPa-229を分離する.イオン化・質量分離装置を用いて,Ac-228やPa-230などを除去しつつ.CaF2結晶にAc-229やPa-229を打ち込む.その後,結晶をアニールすることで,Ac-229やPa-229をフッ化物イオンと正しく配位させる.そして,真空紫外光測定装置を用いてTh-229mの真空紫外光を世界で初めて観測する.さらに,真空紫外光のカウントの時間変化から,Th-229mのγ線放出半減期を決定する.
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次年度使用額が生じた理由 |
必要物品の一つである17万円程度のバンドパスフィルタの納期が年度内に間に合わない可能性があったため. 次年度すぐにバンドパスフィルタを購入する.その他の使用計画については当初の予定通り実行する.
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