研究課題/領域番号 |
19K23448
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研究機関 | 島根大学 |
研究代表者 |
安藤 卓人 島根大学, 学術研究院環境システム科学系, 特任助教 (30852165)
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研究期間 (年度) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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キーワード | 渦鞭毛藻シスト / 有毒赤潮渦鞭毛藻 / 高分子分析 / Alexandrium / Karenia / ステロイド / 赤外分光分析 / 堆積物 |
研究実績の概要 |
赤潮を発生する生物の環境変動への応答,すなわち「赤潮の発生メカニズム」を理解することは,将来の急激な環境変動にともなった沿岸域における生態系の変化を予測する上で重要である。また,堆積物試料を用いてより長いタイムスケールでの赤潮発生頻度を復元することは,発生メカニズムを深く理解することを可能とし,赤潮の将来予測の精度向上につながる。本研究では,赤潮発生種のうち有毒種を含む渦鞭毛藻Alexandrium属およびKarenia属に注目した研究を行なっている。平成31年(令和元年)度は,主にAlexandrium属のシストの高分子構造に着目した研究を行なった。特に有毒赤潮渦鞭毛藻 Alexandrium catenella/pacificumのシストに関して,世界ではじめて高分子分析を行ない,他の渦鞭毛藻シストとは異なる構造をもつ可能性をしめした。また,堆積物中には無色の楕円形~球形パリノモルフ(有機質微化石)が多く存在する。これらのシストの一部について,赤外スペクトルが形態的特徴に関係なくA. catenella/pacificumの高分子構造と類似することがわかってきた。形態分類によらない新たな指標として高分子分析が利用可能である可能性がしめされつつある。同時に,これらのシストを含むパリノモルフをピッキングするための技術の習得,自身の研究室への顕微鏡とその周辺機器の設置を行なった。加えて,Karenia属の指標として期待できる「brevesterol」という特殊なステロイド(バイオマーカー)の分析を行なった。brevesterolは培養試料からは検出されたが,いまのところ堆積物からは検出されない。さらなる検討は必要であるが,brevesterolは水中や堆積物表層で分解されやすいと考えられる。これらの結果を踏まえて,令和2年度は,Alexandrium属シストとbrevesterolの水中や堆積物中における分解過程を理解していく方針とした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では,今後の急激な気候変動に伴う赤潮発生予測にとって重要な「発生メカニズム」を解明するため,有毒赤潮を発生する渦鞭毛藻Alexandrium属およびKarenia属による赤潮の発生頻度を復元する新たな分析法と指標の開発・検討を進めている。本年度は,特にAlexandrium属が形成するシストの高分子構造に関して研究を行なった。 有毒赤潮種であるAlexandrium catenella/pacificumは,一般的に楕円形のシストを形成することが知られているが,培養実験下においては様々な形態をとる。実際に,大阪湾堆積物中からは,形態が類似した無色の楕円形~球形もしくは卵型のパリノモルフ(有機質微化石)が多く観察された。そこで,A. catenella/pacificumとこれらの高分子構造に違いがあるかを検討すべく,ドイツ・ブレーメン大で顕微フーリエ変換赤外分光装置による高分子分析を行なった。分析の結果,A. catenella/pacificum特有の赤外スペクトルを得ることができた。スペクトルの類似度を指標化することで,有毒赤潮渦鞭毛藻シストの判別に役立つことが期待される。一方で,形態的特徴で分類されたグループをまたいで同様な高分子構造していることがわかった。このことは,形態的特徴からでは単純な無色球形~楕円形の有毒赤潮渦鞭毛藻シストの判別が難しいことを示しているかもしれない。また,分析に際して,パリノモルフのピッキング法を習得し,帰国後により効率の良いピッキングシステム(倒立顕微鏡,マイクロインジェクター,マニュピレータ)を考案,それらを研究室に設置した。 一方,Karenia属が特有に生合成する「brevesterol」については,Karenia mikimotoiの培養株では全ステロイド中でもっと多く検出されたものの,堆積物試料中からは検出されなかった。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き,Alexandrium catenella/pacificumシストとその他の無色の楕円形~球形のパリノモルフ(有機質微化石)について,より高精度な顕微ラマン分光分析(島根大学 医・生物ラマンプロジェクトセンター)と熱分解分析(同・理工学部)を行なっていく。令和2年度後半には,再度ドイツ・ブレーメン大で顕微フーリエ変換赤外分光装置による分析を行ない,研究協力者のZonneveld 教授,Versteegh博士の両名と議論を行なう。多変量解析を行なう際には,形態の全く異なる渦鞭毛藻シストも外群として加え,A. catenella/pacificumシストの高分子構造の特異性を評価する。また,パリノモルフのピッキングを効率よく行なうために自身の研究室に設置した顕微鏡の周辺機器を適宜カスタマイズしていく。 研究を進めるうちに,Alexandrium属シストは他のシストと比べて乾燥に弱く,分解が進みやすい易分解性の高分子から構成されていることが分かってきた。Karenia属が特有に生合成するbrevesterolについても,他のステロイドと比べて保存性が良くない。これらのことを踏まえ,研究開始時に「堆積岩への応用」のために行なう予定であった熱熟成シミュレーションを,より低温での変化や酸化分解,脱水反応の影響評価に注目したシミュレーションに変更する。加えて,実際の変化を理解するために,国内の赤潮発生海域で懸濁物試料や酸化還元環境の異なる堆積物を採取・収集し,Alexandrium属シストとbrevesterolの分析をする。これらのデータとシミュレーションの結果を総合し,Alexandrium属シストとbrevesterolの両赤潮指標がどのような条件下で利用可能かを評価していきたい。 今年度と来年度で得られた結果は,令和2年度内に論文発表し,国内外の学会発表等で公表していく。
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