結晶材料中の線欠陥である転位の運動は材料の塑性変形の主たる素過程であり、高温ではすべり面外に移動する特異な上昇運動をすることで高温特有の塑性変形をもたらすことが知られている。しかし、近年ではナノ材料において室温環境下でも転位の上昇運動が発生するという非常に特異な現象が発見された。これは、室温下ではこれまで全く予測されていなかった変形機構であり、ナノ構造物を実用環境下で利用するうえで解明すべき非常に重要な新規現象である。しかし、現状では転位の上昇メカニズムの原子論的詳細は未解明である。本課題では時間拡張モデリング手法を用いることで転位の上昇運動機構の原子論的解明を目指し、令和2年度は上昇運動のみで移動が可能なFCC金属中の不動転位を対象とし、Diffusive Molecular Dynamics法によるモデル化の検討と、加速分子動力学法の一種であるBond-boost hyperdynamics法による解析を行った。不動転位を含む金属薄膜に対して室温、圧縮荷重条件下での加速分子動力学解析を実施することにより、転位芯を構成する表面原子が拡散により離脱すること、および圧縮荷重方向に垂直な原子面が面外方向に協調的に変位することにより転位の上昇運動をもたらすことが確認できた。これは、従来のマクロ材料で良く知られている原子空孔拡散に基づく転位上昇メカニズムとは異なる機構であり、ナノ材料中における転位の上昇運動が室温でも発生する可能性を示唆している。
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