研究課題
低応力拡大係数(ΔK)域での水素ガス環境誘起粒界破壊とそれに伴う疲労き裂進展特性を対象とした前年度に対し、比較的高いΔK下での材料挙動を詳細に検討するため、当該年度は引き続き工業用純鉄を用い、室温の90 MPa水素ガス中において一連の実験を実施した。水素ガス環境中における鉄鋼材料の疲労き裂進展に着目した従来研究の多くでは、き裂先端に侵入した水素が塑性変形(転位の活動)を局所化させ、ローカルな延性破壊を促進した結果、き裂進展速度の劇的な増大が生じるというメカニズムが通説となっている。本研究ではこの従来説の妥当性を検証するとともに、き裂先端での水素-転位間相互作用に関する基礎的知見を得るため、一定応力拡大係数(ΔK = 15 MPa m^1/2)での疲労き裂進展試験中に1サイクルの過大荷重負荷(ΔK = 25 MPa m^1/2)を挟み、その前後のき裂進展速度を比較するという、これまでにない新たな手法を導入した。このような過大荷重負荷を伴う疲労き裂進展試験では、過大荷重時に形成された巨大な塑性変形域が周囲の未変形域から圧縮残留応力を受けることでき裂先端の閉口を誘起し、その後の疲労き裂進展を遅延させることが知られている。すなわち、水素が転位の運動に影響を与えて塑性変形を局所化させるという従来説が成立するのであれば、過大荷重負荷後のき裂進展遅延の程度は水素ガス環境下で大きく緩和されることが予測される。実験の結果、過大荷重負荷を受けたき裂先端は、水素ガス中において鈍化することなく鋭利な先端形状を保ったまま高速で進展したが、過大荷重負荷後のき裂進展遅延の程度に有意な水素の影響は確認できなかった。このことから、水素はき裂先端極近傍の破壊挙動を大きく変化させるものの、その影響は従来説のように塑性変形域そのものの局所化を引き起こすほど顕著ではないことが明らかとなった。
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International Journal of Fatigue
巻: 140 ページ: 105806~105806
10.1016/j.ijfatigue.2020.105806