超高濃度PVDF溶液からの圧電フィルム作製を試みた結果,次の2つの知見が得られた.1つ目は,溶液濃度はフィルム内の圧電結晶量に正の影響を与えているということである.従来のPVDF粉末よりも低分子量の粉末を用いて,安定的に作製可能な溶液濃度の拡大に成功し,自作のラマン分光測定システムを用いて低濃度溶液と超高濃度溶液の結晶量の比較を行った.その結果,超高濃度溶液は低濃度溶液に比べて26.8倍もの結晶量を有するフィルムを示すケースを観測した.定量的に結晶量を比較する手法を確立したことで,溶液濃度が結晶量に大きな影響を与えていることを示唆した. 2つ目は,一定の濃度以上のPVDF溶液は無極性結晶を生成するということである.溶媒キャスト法を用いて5wt%濃度間隔でPVDF溶液を作成し,その溶液からそれぞれフィルムを製膜,XRDを用いて結晶構造解析を行ったところ,5~35wt%溶液のフィルムに関しては圧電性を有する結晶構造を示した.しかし,40wt%溶液から製膜したフィルムはPVDF粉末と同様に無極性結晶を示した.先行研究によれば,PVDFは溶媒キャスト法で製膜する場合,蒸気圧が低い溶媒を使用した際に圧電性を有する結晶を示すことが報告されている.そのため,本研究で提案する手法では高分子溶液の高濃度化による蒸気圧降下現象を利用することで,より圧電性結晶の多いフィルムが作成可能なのではないかと考えていたが,この結果はそれを裏付けておらず,超高濃度PVDF溶液の結晶化は低濃度領域のそれとはまったく異なるメカニズムである可能性を示唆していると結論づけた.また,この結果は1つ目に得られた知見に関する溶液濃度の正の影響の限界を示しており,PVDFフィルムの結晶量を増加できる溶液濃度の範囲はPVDFの割合が20,30%程度の限定的なものであると言える.
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