個々の分子が周囲の局所環境に応じてどのような構造や電子状態をとるのか、またそれがいかに分子の特性や振舞いに反映されるのか、という分子科学的な問題を単一分子レベルで明らかにするためには、原子レベルの高い空間分解能を有する分光研究を行う必要がある。本研究では、超高真空走査型トンネル顕微鏡(STM)のトンネル電流によって探針直下のナノスケール領域に誘起される局在表面プラズモンを利用したトンネル電流誘起発光分光測定を行った。 前年度までに立ち上げたSTMおよび発光分光測定装置を用いて、令和2年度は銀(111)単結晶基板上に蒸着した有機半導体分子の吸着構造をSTM像観察によって評価するとともに、トンネル電流誘起発光スペクトルを測定した。 最初に、表面を原子レベルで清浄化した銀(111)単結晶基板のトンネル接合領域に銀探針を接近させてバイアス電圧を印加し、トンネル電流に誘起される発光スペクトルを観測した。可視光領域にプラズモンによる発光が見られることを確認した。 次にこの銀基板上に、ペンタセン誘導体分子であるTIPS-ペンタセンの分子膜を蒸着した。分子蒸着後の試料基板をSTMで観察することによって、分子が規則正しく配列した状態で吸着している部位、凝集して吸着している部位、分子が孤立して吸着している部位などを確認した。 この試料に銀探針を接近させ、トンネル電流誘起発光スペクトルを測定した。多層の分子膜においてはTIPS-ペンタセン分子の蛍光に相当する波長領域に発光を観測した。さらにサブモノレイヤーの被覆率においては単一分子に由来するとみられる発光をとらえることに成功した。これらの結果から、トンネル電流により分子に電子-正孔対が誘起されて発光に至ることを見出した。以上より、単一分子レベルでの分光情報を得るためにはSTM探針直下に誘起されるプラズモンを利用することが有効であることが分かった。
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