温和な条件下での触媒的窒素固定反応の開発を目的として、遷移金属窒素錯体の反応性が盛んに研究されている。こうした遷移金属錯体を用いた触媒的窒素固定においては、幅広い酸化状態や配位形式をとる中心金属に安定して配位する配位子が必要であり、その成功例は限られている。今回申請者は、高原子化状態を安定化するハードなアニオン性ドナーと低原子価状態を安定化するソフトな中性ドナーを組み合わせた多座配位子が触媒的窒素固定反応に有効であると着想した。具体的には、ハードなドナーとしてフェニルアニオンを、ソフトなドナー部位としてホスフィン部位をを有するピンサー配位子を用いて、対応する遷移金属窒素錯体の合成と触媒的窒素固定反応の開発を行った。 まずベンゼン骨格アニオン性PCP型ピンサー配位子を持つ鉄窒素錯体を新たに設計・合成した。合成した窒素錯体を触媒として、常圧の窒素ガスと還元剤・プロトン源を低温で反応させると、窒素分子の還元反応が進行しアンモニアとヒドラジンの混合物が生成した。この反応によって生成する触媒当たりのアンモニア・ヒドラジンの量は、従来の鉄触媒をしのぐこれまでで最高の値である。 また、同様のベンゼン骨格を持つアニオン性PCP型ピンサー配位子をもつ既知のイリジウム窒素錯体を用いた触媒的窒素固定反応を検討した。その結果、イリジウム錯体を触媒として常圧の窒素ガスを還元剤・シリル化剤と反応させると、アンモニア等価体であるシリルアミンが触媒的に生成した。本成果はイリジウム触媒による温和な条件下における触媒的窒素固定反応の初めての例である。
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