氷河表面で形成される顆粒状の微生物集合体「クリオコナイト」は、氷河生態系において主要な生化学プロセスが進行する生物ホットスポットである。一方で、クリオコナイトを構成する微生物の種類やゲノム情報、地域間差異に関する詳細は不明であった。より包括的に氷河生態系の構造を理解するために、世界各地から収集したクリオコナイトのメタゲノムデータを解析し、クリオコナイトを構成する細菌種の代謝能や系統的多様性を調査した。2022年度は、我々が前年度に公開した論文(Murakami et al. 2022 Microbiome)で使用したデータセットに加え、すでに他の研究グループによって公開されているメタゲノムデータも踏まえた統合解析を行なった。その結果、これまで判明していたクリオコナイトの地域差、特に細菌の種構成や保有遺伝子組成の地域間差異がより鮮明となった。例えば、極域とアジア山岳地域の氷河とでは脱窒関連遺伝子の分布が大きく異なり、アジアのクリオコナイトからは極域に比べ顕著な量の脱窒関連遺伝子が検出された。また、クリオコナイトの主要一次生産者であるシアノバクテリアのドラフトゲノムをメタゲノムデータから再構築することに成功した。その多くは現在まで培養株が得られていない系統である。そして、シアノバクテリアの種構成や利用する光波長の種類が極域とアジアとでは異なることが明らかとなった。こうしたクリオコナイト細菌群集の構造的差異は、栄養塩の供給量など各地域の氷河環境の特性を反映したものと考えられる。 本研究によって、氷河微生物群集が地域ごとに多様な形態を示すことがメタゲノム解析を通じて初めて具体的に解き明かされた。この成果は、氷河生態系の構造的多様性を理解し、また気候変動が氷河上の生物多様性や物質循環にどのような影響を与えるのかを予測する上で重要な知見となる。
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