本研究の目的は、ヒトの認知機能を改善させる抗酸化アミノ酸ergothioneine (ERGO)の効果と相関する血清中バイオマーカーの探索と、ERGOの作用メカニズムの解明である。認知機能の判定には、実験動物では行動試験、ヒトでは種々の認知機能検査が必要であるが、心理的要因などによるデータのばらつきが問題となり、より定量的な指標の確立が重要である。そこで、脳内環境を反映する血清中の脳由来エクソソーム内の分子が、認知機能を推定するバイオマーカーになる可能性を考えた。血清から超遠心法により得られた画分を、ナノ粒子マルチアナライザーにより測定したところ、平均粒子径と粒子数は既報のエクソソームと同等であった。さらにWestern blotによるエクソソームマーカーCD63及び脳由来細胞外小胞マーカーSNAP25の検出により、脳由来エクソソームの単離を確認した。健常人と軽度認知障害患者をERGO投与群と偽薬投与群に無作為に分け、摂取0、4、8、12週に血清を回収した。偽薬及びERGO投与群のエクソソーム画分を比較すると、ある候補蛋白質の発現量がERGO投与群で有意に高く、その発現量と血清中ERGO濃度は正の相関を示し、さらに認知機能テストCognitraxの一部の評価項目とも正の相関を示した。以上は、血清中エクソソームに含まれる分子が、ERGO投与による認知機能改善作用のバイオマーカーになる可能性を示唆した。 さらに、ERGOの作用機序の解明のため、ERGOを経口投与したマウス及び対照群の記憶を司る海馬歯状回(DG)においてプロテオーム解析を行ったところ、発現が変動する蛋白質を多数見出した。特に発現が顕著に増加したある蛋白質に着目し、その発現を抑制するアデノ随伴ウイルス(AAV)を構築し、マウスDG特異的にこのAAVを感染させると神経突起の伸長が抑制された。
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