研究課題
KRAS遺伝子はヒトがんの中で最も高頻度に変異しており難治癌にその変異が多くみられることから最も重要ながん遺伝子と考えられているにも関わらず、「Undruggable(治療不可能)」な因子とみなされている。本研究ではKRASシグナルに関わる脱リン酸化酵素であるSHP2との直接的なメカニズムの探索またはSHP2を介する様々な変異型KRASへの治療標的を探ることが目的である。我々はKRAS野生型、G12変異を持つ膵癌細胞株ではSHP2阻害剤が有効であることを示す一方、その5%程度で認められるQ61H変異を持つ細胞株ではSHP2阻害剤に対し治療抵抗性を示すことを明らかとした。さらにはHEK293細胞へKRAS Q61Hを過剰発現させた安定細胞株ではKRAS野生型あるいはG12D/V変異の過剰発現安定株と比較しやはりSHP2阻害剤に対する感受性低下を示した。これらのことから、SHP2阻害がKRASの変異型により感受性が異なることを示され、さらにはKRASがSHP2から受ける制御のメカニズムも異なることが示唆された。以上の基礎的な観点に加え、固形癌におけるクリニカルシークエンスを組み合わせることでKRASをはじめとしたRAS変異並びにSHP2をコードするPTPN11変異に関して解析を行っている。SHP2阻害剤は現在PhaseI試験が世界各国で行われており、KRAS変異を持つ固形癌に対し有効性が期待されている。今回我々が示した結果はKRAS活性化変異の中でもSHP2阻害剤に対する感受性、治療抵抗性を示す変異型が存在することを示唆するものであり、今後のプレシジョンメディシンにとって有効性を予測する非常に重要な結果であると言える。
2: おおむね順調に進展している
咋年度は、KRAS-SHP2制御機構解析のためヒトリコンビナントKRAS、SHP2、Srcを用いることでin vitroにおけるKRASリン酸化の動向、さらにはMEF細胞を用い内在性蛋白においてKRAS/SHP2の直接制御を示すことが目標であった。我々はすでにリコンビナントKRAS野生型、G12D/V、Q61H蛋白を作成し実験系に用いることを可能としている。さらにはSrc、SHP2蛋白も同様に利用可能であり、Western blottingによるinteractionの同定ならびに各変異型に対するSrcキナーゼによりチロシンリン酸化の挙動が解析可能であった。加えて、これらのリン酸化蛋白を用いてNMRを用いて解析が可能でありKRAS Q61Hは他の活性化変異にはみられないGEF/GAPなどのGTPサイクルに関わる因子との制御機構が明らかとなった。興味深いことにKRAS野生型ならびにG12変異型ではSrcキナーゼによりチロシンリン酸化を受けることでエフェクターであるRAFとの結合能は低下するのに対し、KRAS Q61H変異ではRAFとの結合能には大きな影響を与えなかった。この結果はSHP2阻害剤の感受性を考える上でも重要な結果であり、SHP2の脱リン酸化酵素としての機能がKRASを制御しさらには下流シグナルへ多大な影響を及ぼしていることを示している。さらにKRAS変異型によるSHP2阻害剤の有効性の違いは膵癌細胞株だけではなく、膵癌PDXモデルや肺癌細胞下部においても同様であり、KRAS変異がドライバー遺伝子として働いている癌に対し臓器横断的に認められる現象であることが示された。加えてspheroids培養や腫瘍オルガノイド培養を用いることでより生体内での環境に近い状態で解析を行い、SHP2阻害剤の有効性やQ61H変異型に対する感受性を検討した。
実臨床において次世代シークエンス技術を用いたがんゲノム医療、がん遺伝子パネル検査が実用化されており、本学がんゲノム診療科では現在まで血液検体を用いたリキッドバイオプシーによる網羅的遺伝子解析の症例が150症例を越えており、多くの固形癌においてKRAS変異の臨床的情報が得られやすくなっている。さらにクリニカルシークエンスデータを追加し、日本人患者におけるKRASの変異率や変異型並びにSHP2をコードするPTPN11変異の解析を行うことで、上記のpreclinicalの結果を合わせSHP2阻害剤の有効性のバイオマーカーを確立すること、プレシジョンメディシンへの応用を目指す。今後KRASをはじめとするRAS変異型の固形がんに対する標的治療が確立されることで、現在のがん治療に対するインパクトは非常に大きい。我々が提唱してきたRASリン酸化モデルをKRASにも応用しSHP2からの直接の制御メカニズムを示すという点は、非常に独創的でKRASシグナルの理解においてパラダイムシフトを提示するものである。特筆すべきはこれらのメカニズムの解明は現在のがんゲノム医療を取り巻く問題点に直結しており、つまりKRAS変異を持つ固形癌の治療戦略を一変する可能性があるということである。このような臨床的ニーズからもその応用に向けて、各KRAS変異型によりSHP2阻害剤の感受性を研究室レベルで同定することは必要不可欠であり、これらの結果はRAS研究だけでなくがん医療全体にまで波及効果をもたらすと期待される。
・次年度使用額が生じた理由:試薬や外注検査が計画当初より廉価で購入可能であった為。・使用計画:検討する数・種類を拡大して解析を行う為、試薬や外注検査を増加する予定である。
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