研究実績の概要 |
KRAS遺伝子はヒトがんの中で最も高頻度に変異しており難治癌にその変異が多くみられることから最も重要ながん遺伝子と考えられているにも関わらず、「Undruggable(治療不可能)」な因子とみなされている。本研究ではKRASシグナルに関わる脱リン酸化酵素であるSHP2との直接的なメカニズムの探索またはSHP2を介する様々な変異型KRASへの治療標的を探ることが目的である。 我々はKRAS野生型、G12変異を持つ膵癌細胞株ではSHP2阻害剤が有効であることを示した。さらに近年のシークエンス技術の進歩により、KRASの変異型の解析が進みホットスポットのG12, G13以外にもQ61変異が5-10%程度でみられることが明らかとなった。今回我々はKRASQ61Hを有する肺癌や膵癌モデルにおいてSHP2阻害剤が抵抗性を示すことを明らかとした。ここからKRASQ61H変異に焦点を当て、Nuclear magnetic resonance(核磁気共鳴)やMass spectrometry(質量分析法)を用いることでQ61HがSrcにより特異的にY32/64にてリン酸化を受け、立体構造が劇的に変化することを示した。野生型やG12変異と異なり、Q61H変異ではGTPサイクルが不変であることに加え、チロシンリン酸化を受けてもRAF結合・下流シグナルに与える影響は認めなかった。そのためRASリン酸化を調節するSHP2阻害剤を投与しても治療的効果が限定されると考えられた。 以上の結果より、特定のKRAS変異型に対する新たな制御メカニズムを提唱した。SHP2阻害剤は現在PhaseI試験が世界各国で行われているが、KRAS変異型による感受性の差が示唆されるため今後のプレシジョンメディシンにとって有効性を予測する非常に重要な結果であると言える。
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