心臓を構成している心筋細胞の細胞死は、様々な心臓病の病態の形成に大きな影響を与えているが、心筋細胞の生存を直接増強することで心臓疾患の治療に成功したというヒトでの研究は極めて少ない。本研究ではヒト多能性幹細胞由来心筋細胞と CRISPR/Cas9システムを用いた全ゲノムスケールの遺伝子ノックアウトスクリーニングを行ない、ヒト心筋細胞の生存を促進する遺伝子群を明らかにし、治療標的となりうる分子機構の探索を行うことを目的として研究を開始した。当初の計画に従い誘導性Cas9発現ヒト多能性幹細胞の作出に成功したものの、Cas9を安定して誘導することに難渋したことから、予定を変更し、分化誘導後の心筋細胞にCas9発現レンチウイルスCRISPRライブラリーを導入し、ドキソルビシン処理下での生存促進遺伝子のスクリーニングを実施した。全キナーゼを標的とした ノックアウトスクリーニングではFasシグナル経路、PI3K経路、Gqαなど心筋細胞のアポトーシスに深く関与している経路が上位に検出された。その中にこれまで心筋細胞の細胞死との関連が全く報告されていない新規の遺伝子が含まれており、この遺伝子のノックアウトすることでドキソルビシンによる心筋細胞の細胞死が再現をもって減少することが確認された。 本遺伝子のノックアウトによりドキソルビシンによるミトコンドリア機能障害やDNA障害が軽減されることが確認された。また、本遺伝子をノックダウンすることでも同様にドキソルビシンによる心筋細胞の細胞死が減少することから本遺伝子がドキソルビシンによる心筋障害の治療標的になりうると考えられた。
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