基礎研究では、中枢神経系における神経活動が、髄鞘形成維持に重要であることは広く知られている。内耳障害後の蝸牛神経の脱髄変性においても、蝸牛神経の神経活動が髄鞘形成維持に重要ではないかと考えた。そこで、蝸牛神経の神経活動低下モデルとして、伝音難聴動物モデルを作成し、蝸牛神経の変化を観察した。伝音難聴では、内耳有毛細胞や蝸牛神経の消失を認めないにも関わらず、聴性脳幹反応では神経機能の低下や神経伝導速度の低下を認めた。その病態として有毛細胞ー蝸牛神経間シナプスの障害と蝸牛神経の脱髄変性が関与していることを明らかにした。さらに、伝音難聴を解除して聴力を回復させたところ、シナプスと神経脱髄変化の部分回復が観察された。以上の結果から、蝸牛神経の神経活動が髄鞘形成維持に重要であることが示された。 臨床における内耳障害では、急性感音難聴(突発性難聴)が多くみられ、未だ有効な治療法は確立されていない。急性感音難聴後による一側難聴では、音刺激による情報取得を良聴耳に依存するため、悪聴耳で神経活動の低下をきたす。そこで悪聴耳の語音明瞭度について検討を行なったところ、悪聴耳では有意に語音聴取脳が低下していた。本結果は、音刺激による神経活動維持が蝸牛神経機能維持に重要であることを示唆する所見である。 また、急性感音難聴に対する治療ではステロイド投与の他に、ATP製剤やビタミン製剤が広く使用されている。ATP製剤やビタミン製剤は髄鞘再形成の効果があるとされているが、投与期間についての検討はこれまで報告はない。今回、ATP製剤とビタミン製剤の投与期間による治療効果の違いについて検討したところ、長期投与と短期投与で治療効果に有意な差は認めなかった。しかし、長期投与により長期的な聴力悪化が予防できる可能性が示唆されたことから、ATP製剤とビタミン製剤が蝸牛神経髄鞘障害に有効である可能性が示唆された。
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