本年度はヒト検体の解析を中心に研究を進めた。上皮性卵巣癌または低悪性度上皮性卵巣腫瘍の患者で、治療開始前の腹水検体を用いてタンパクA(以下PEDF)の発現を解析した。腹水中PEDFは卵巣癌症例で有意に高値であり、腹水中IL-10の発現と正の相関を示した。次に、血清検体を用いた解析を行った。上皮性卵巣癌患者では、低悪性度上皮性卵巣腫瘍または上皮性良性腫瘍患者と比較して、有意に血清PEDFが高値であった。最後に、腹水中あるいは血清中のPEDF値と年齢・臨床進行期・リンパ節転移・遠隔転移・2年以内の再発の有無との関連を検討し、PEDF高値であった場合、2年以内の再発率が高いとの結果を得た(p=0.043)。 さらにTCGAデータを用いて、卵巣がん患者組織におけるPEDFの発現とマクロファージ関連因子の発現を解析した。PEDFの発現は、免疫抑制性マクロファージマーカーであるIL-10、CD163、CD206、TGFB1の発現と有意に正の相関を示し、活性化マクロファージマーカーであるIL12AやNOS2とは有意に負の相関を示した。次に11人の卵巣癌患者の原発巣と腹腔内転移巣を用いてRNAシークエンスを行ったデータ(公共データベースより入手)で、PEDFの発現を比較したところ、転移巣で有意にPEDFの発現量が増加していた。これらの結果は、マウスモデルで得られた結果と一致しており、「PEDFはマクロファージを介して腹腔内免疫環境を負に制御し、転移に寄与する」と結論付けた。 複数の細胞株を用いた実験により、BET阻害剤がPEDFの発現を有意に抑制するという結果を得た。次にマウスモデルを用いてBET阻害剤効果を検証し、腹腔内抑制性マクロファージの減少傾向、及び腹腔内播種の減少傾向を認めた。今後はさらなる投与経路及び投与量・間隔などの最適化を検討していく。
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