研究課題/領域番号 |
19K24154
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研究機関 | 昭和大学 |
研究代表者 |
周 君 昭和大学, 歯学部, 兼任講師 (40846507)
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研究期間 (年度) |
2019-08-30 – 2021-03-31
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キーワード | 象牙質 / 10-MDP / セルフエッチングプライマー |
研究実績の概要 |
接着性レジン修復の長期的維持には,象牙質-ボンディングレジン含浸層(ハイブリッド層)の力学的特性が重要である.近年,歯科臨床では歯質の酸処理とプライミング処理を同時に行う10-methacryloyl oxydecyl dihydrogen phosphate (10-MDP)含有のセルフエッチングプライマーが用いられるようになった.しかし,10-MDP含有プライマーは歯質との接着性を有する反面,Hydroxyethyl methacrylate (HEMA)と同時に用いられた場合,重合率の質的低下によりハイブリッド層の力学的特性を劣化させる可能性がある.本研究では,試作のHEMAフリーのあるいは異なる濃度のHEMAと10-MDPを含有したプライマーを試作し象牙質への接着試験を行う.ハイブリッド層の重合率は顕微ラマン分光分析により計測した.ハイブリッド層およびその周囲の力学的特性はナノインデンテーション試験によって評価した.その結果,10-MDPを用いた象牙質接着界面ハイブリッド層は見かけ上の重合率の上昇が見られたものの,粘弾性の上昇と弾性係数の低下が見られた.10-MDPは分子構造が鎖状に長く,ボンディング材の網目分子構造を阻害し,象牙質界面の力学的特性を低下させる可能性がある.一方,市販のボンディング材には親水性のHEMAが含有されており,HEMAの存在かで10-MDPとカルシウムイオンの結合が阻害され,修復材料の長期的維持を損なうとの報告もあり,今後検討する必要がある.また一連の研究から,現在主流のワンステップボンディングシステムは理論上の成分比が同じであっても,2ステップの歯面処理に比べてハイブリッド層の力学的特性がおとり,修復物の長期的維持を損なう可能性が示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまで,MDP/Ca塩のイオン結合の化学分析は広く行われてきたが,象牙質-ボンディング層界面のナノレベルの力学的性質に関する報告はほとんどない.本研究では,顕微ラマン分光分析を用いて,10-MDPの有無による象牙質-ボンディング層界面での重合率を解析した.象牙質接着は象牙細管からの水分の影響が不可避であるため,湿潤下での測定が可能な顕微ラマン分光分析は本研究に適しているといえる.さらに,ライン分析で界面を連続的に測定し,ピーク強度から重合率を算出することが可能になった.ハイブリッド層の力学的特性では粘弾性特性を評価する必要がある.ナノインデンテーションの動的試験は,応力に対するひずみの位相ずれから,貯蔵弾性係数と損失率(粘弾性特性)を異なる周波数で測定できる.さらに,象牙質微小構造に影響されない,ハイブリッド層材料レベルの力学的性質を評価する上での有効性が確認された.象牙質-ボンディング層界面でレジンに準静的または動的な負荷をかけることにより高分子のナノレベルの力学的特性からセルフエッチングプライマーの効果を議論することができた.
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今後の研究の推進方策 |
HEMAフリーあるいは低濃度HEMA含有の10-MDPプライマーを試作する.10-MDPはリン酸エステル系モノマーであり,マイルドな酸処理によって部分的に溶解したアパタイトのカルシウムイオンと化学的に結合し,ナノレイヤリングと呼ばれる強固な界面を形成する言われている.HEMAはこの化学結合を阻害すると考えられており,HEMAの有無が接着界面のハイブリッド層にどのような影響を与えるかを論証する.試作セルフエッチング部ライマーに関しては,ワンステップおよび2ステップ双方を比較する.重合率は顕微ラマン分光分析を用い,未重合のボンディング材をコントロールとして算出する.ヒトの抜去歯を用いて断面試料を作製し,レジン,ボンディング層,樹脂含浸層および象牙質の力学的特性はナノインデンテーション法を用いて比較評価する.測定にはBerkovichの三角錐ダイアモンド圧子を用い,最大深さは200 nmとし,パーシャルアンローディング法で深さ方向への弾性係数を測定する.超微振動による動的試験を行い変位と位相差から損失弾性係数と貯蔵弾性係数求める.HEMAによる化学結合の阻害は象牙質界面の分子構造に影響し,粘弾性の増加から高い損失弾性係数を生じ,間接的にハイブリッド層の分子構造を議論できるものと考えられる.
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次年度使用額が生じた理由 |
主として予定していた国際会議が中止となり,発表に向けた準備や旅費をキャンセルしたため.また,現状では研究施設・設備等へのアクセスが制限されており,次年度以降にこれら予定を先送りすることになった.
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