高齢者における転倒は要介護状態を招く主たる要因であり,超高齢社会を迎えた我が国にとってその予防は喫緊の課題である.高齢者の転倒が多く報告されている屋外では,横断歩道など歩行に時間的制約が課せられる場面が多数存在する時間的制約のため歩行速度の増加を強いられる状況下において,安定な歩行を実現できないことが,高齢者の転倒の要因として考えられる.そこで本研究では,最大速度での歩行時の重心の動的安定性を定量的に分析することで,若年者と高齢者の歩行時の動的バランス制御の違いを明らかにすることを目的とした. 本研究では,健常な若年者と高齢者を対象とし,通常および最大速度歩行時の身体重心の位置と速度を算出した.歩行中の身体重心の動的安定性を評価するために,足部離地の瞬間における動的安定領域を身体重心の位置と速度に基づいて定義し,動的安定領域までの最短距離を安定余裕として算出した. 実験の結果,通常および最大速度条件における身体重心の位置と速度は,若年者と高齢者のいずれにおいても平均して動的安定領域より外に位置していた.この結果は,両群ともに前方に不安定なことを意味する.最大速度条件での安定余裕に群間で有意差はみられなかった一方で,高齢者の身体重心は若年者と比較して有意に前方に位置しており,これは群間の歩幅の違いに起因していることが考えられた. 本研究の結果から,速度条件に寄らず高齢者の歩行中の重心は若年者と同程度前方に不安定であるが,最大速度での歩行時には,若年者と高齢者の間で歩幅の違いが顕著に表れることが明らかとなった.これらの結果は,高齢者の転倒メカニズムに対して動的バランス制御の観点から新たな知見を与えるものである.得られた知見は,効果的な転倒予防トレーニングの確立につながる.
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