本研究は海洋における易分解性溶存有機態リン(LDOP)の供給・消費過程の解明を目的とし、とりわけLDOP供給源となりうる植物プランクトンからの滲出および微小動物プランクトンによる捕食作用に着目した。そこで、御前崎沖観測定線上の黒潮外側域において希釈培養実験を複数回実施し、各年・季節における各種データを収集した。 その結果、2019年秋季では培養前後でLDOP濃度が数nMの範囲で推移し、ろ過海水で希釈を行った系列で有意に減少した一方、無希釈系列では有意に増加した。このことから、当初の仮説通り動物プランクトンの摂餌に伴う細胞損傷などにより、環境中へLDOPが排出されることが初めて確認された。また、植物プランクトンからのLDOP滲出量はその純成長に伴う消費量よりも少なく、LDOPの主供給源となる可能性は低いと考えられた。このとき、植物プランクトン群集の約6割を渦鞭毛藻類が占めており、培養前後での群集組成に大きな変化はなかったことから、摂餌によるLDOP排出には特定の群集が寄与したわけでは無いと推察される。 一方で、2020年冬季では無希釈系列よりも希釈系列でのLDOP増加量が多く、仮説とは異なる結果となった。本ケースでは、本来希釈系列にて高くなるはずの植物プランクトン比増殖速度が無希釈系列よりも低かったことから、何らかの要因で植物プランクトンの増殖が制限されたものと思われる。このとき、植物プランクトン群集組成は秋季と異なり約8割が珪藻類で占められていたことから、季節的なプランクトン群集組成の違いやその生理状態などが培養の結果、ひいては環境中へのLDOP供給に影響を及ぼすことが示唆された。 なお、春季・夏季のデータや他の栄養塩パラメータ等については現在解析を進めている段階であり、今後それらのデータが加わることで当該海域におけるLDOP動態について統合的な理解が深まるものと期待される。
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