研究課題/領域番号 |
19KK0211
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
松島 俊也 北海道大学, 理学研究院, 名誉教授 (40190459)
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研究分担者 |
藤田 俊之 帝京大学, 薬学部, 助教 (40718095)
本間 光一 帝京大学, 薬学部, 教授 (90251438)
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研究期間 (年度) |
2019-10-07 – 2023-03-31
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キーワード | 認知発達 / 刷り込み / レジリエンス / 神経回路 / 自閉症スペクトル障害 |
研究実績の概要 |
2021年度は孵化直後の雛を対象として刷り込みに伴う生物的運動(biological motion、BM)への選好性誘導に着目して一連の行動薬理学的実験をおこなった。孵化前(発生後期)の胚の自発的運動(胎動)がBMの発達に必要であるとする仮説を立てて、卵殻表面から胚の自発運動を計測する装置を開発した。卵の気室に神経筋遮断による不動化剤(ツボクラリン)、中枢性の抗てんかん薬・鎮静剤(Na-valproic acid VPA、ketamineなど)を投与したところ、これらの薬剤が胎動を抑制することを確認し、適切な用量を確定することができた。さらに、これらの卵から孵化した雛の刷り込み記憶形成とBM選好性を検討した。その結果、(1)VPAは記憶形成を阻害するがBM選好性は正常に保たれること、(2)nAChRの伝達を阻害する薬剤はいずれも記憶形成を阻害せずBM選好性を抑えることを見出した。さらに、動物(母鳥・同種他個体)など自然な対象に対する刷り込みは、VPA、nAChR阻害剤いずれの処理によっても発達が障害されることが判明した。VPAは記憶を阻害することによって、他方、nAChR伝達の阻害は自然な対象への選択的注意を阻害することによって、いずれも正常な社会性の発達が阻害された。さらに、陽イオン共役型塩素イオントランスポーター(NKCC1)の選択的阻害剤であるbumetanide(利尿剤)を処理雛に静注投与したところ、VPA処理雛に生じていた刷り込み記憶障害が改善され、ほぼ正常個体と同様の成績を示した。雛の行動発達は、ヒトにおける自閉症スペクトル障害(autism spectrum disease, ASD)に対するモデル動物として、構成的妥当性(原因物質の同一性)、表面的妥当性(BM選好性の障害)、予測的妥当性(治療薬の同一性)のすべてを満たす。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
現在までに当初想定した以上の研究の進展を認めた。上述のように、2021年度までの行動薬理学研究の結果、ニワトリ初生雛がヒトのASD(自閉症スペクトル障害)のモデル動物としての条件を満たしていることが判明した。従来よりASDは多様な病因と症状を備えることが知られており、これが早期診断、病態理解と治療方策の開発を困難なものにしてきた。特に環境要因、すなわち母体が摂取した化学薬品に胎児が暴露することによって生じる発達障害を、哺乳類モデル(げっ歯類など)を用いて研究する場合にはいくつか問題があった。(1)母体による代謝を介したものであり、用量依存性や代謝産物の効果など副次要因がデータに対してノイズとなること、(2)投与した母体から出生したのち行動のアッセイを行うまで数週間以上の期間があり、この間の発達過程がノイズとなるとともに迅速なアッセイを妨げる要因となった。初生雛モデルでは卵の胚に直接薬剤を投与することで(1)の問題を回避し、投与から孵化直後の行動実験まで7~8日と短時間で実施することで(2)の問題を回避する。新しいASDモデル動物として極めて有効である。他方、鳥類では遺伝的操作が極めて困難である。近交弱勢のため純系すら確立していない。ASDは強い遺伝的背景を備えることが知られているが、これを操作的に検討することが雛では不可能である。今後は薬剤投与によるASD様行動発達障害を指標として、責任脳部位と発症機序を特定することが目標となる。すでに予備的な結果から、中脳視蓋(哺乳類の上丘に対応し眼球運動や視覚的注意の制御に関わる)において、VPA処理雛ではGABA-A受容体を介した伝達が孵化後も興奮性を保っている可能性が示唆される。他方、刷り込みにかかわることが従来知られていたIMM領域(皮質連合領野に相当する鳥の大脳の領域)では、そのようなGABAスイッチの遅延は認められていない。
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今後の研究の推進方策 |
研究の最終年度に当たり、これまでに得られた知見をイタリア側共同研究者と十分に議論する必要がある。2022年6月から2か月の渡航を計画している。(1)研究発表のための論文執筆、(2)関連する脳部位の特定と検証のための実験計画の策定、(3)認知発達、特に数の理解に関わる行動アッセイ系の開発、の3点を実施する。特に(2)のためにトレント大で行われている7テスラの小動物用fMRI画像装置を用いた研究計画を進める。 年度内にさらに以下の2つの実験研究を進める。(1)発生後期胚の中脳にnAChR阻害剤(特にα7サブタイプ選択的阻害剤MLA)を直接投与し孵化後の行動を調べる。大脳への投与および中脳へのα4サブタイプ阻害剤(DHbE)投与との比較を行う。(2)急性スライス脳標本を作製し視蓋ニューロンに対するGABA伝達をしらべ、VPA処理の影響を神経生理学レベルで確定する。これらの研究をもとに、2023年度以後の研究計画を策定する。
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次年度使用額が生じた理由 |
20201年度当初予定していたイタリア側研究者との交流のための渡航費用をコロナ禍のために支出せず、また実験の研究補助員への謝金支払いも研究進行に伴って不要となったため、次年度使用額が生じたものである。2022年度はイタリアに渡航して研究をすすめ、また発表論文を公表するための費用に充当して使用する計画である。
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