2022年度は共同研究者のいるボストン大学で約一年間研究滞在を行なった。基課題の認知的最適化による時間選好率の理論を発展させることをテーマとして、認知的最適化に認知制約を取り込み、その選択行動に関する含意について詳細な研究を行なった。異時点間における認知的最適化とは、現在の自己が将来の自己に対して共感を配分し、それを通して時間割引要素を引き上げることができるという仮説である。現在の自己は、選択した割引要素のもとで計算した消費の割引効用から、その割引要素を選ぶ認知費用を差し引いたものを最大化すると仮定する。この仮説から導かれた消費モデルは、金額効果、異時点間の選好逆転などを説明できることが基課題の研究からわかっている。本研究では、この最適化問題に、認知費用の合計額が一定の値を超えないという上限制約を導入する。この上限制約は限定合理性とも解釈でき、その行動レベルの含意を調べることが重要な目的となる。特徴として、このモデルは時間分離性を満たさないことが挙げられる。通常の異時点間選択では、各期の消費は分離して評価されるが、共感の最適配分に上限制約があると、異時点間の対立が現れるというのが直感である。この観察をさらに洗練させて、効用関数表現定理の形にまとめたことが本研究の成果である。この主定理により、上限制約のある認知的最適化による時間選好率モデルに実証的基礎を与えることができる。成果をまとめたワーキングペーパーを作成し、個人Webページにて公開している。 2020年度-2021年度の間に着実に準備をすすめ、2022年度の研究成果につなげることができた。特に、2021年度には基課題の主要成果である論文を経済学トップジャーナルのEconometrica誌に公刊した。その他にも、関連研究として、利得と損失の違いを考慮した時の認知的最適化による時間選好率モデルの研究を行なった。
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