研究課題/領域番号 |
19KK0318
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
遠藤 環 埼玉大学, 人文社会科学研究科, 准教授 (30452288)
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研究期間 (年度) |
2020 – 2022
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キーワード | インフォーマリティ / メガ都市 / アジア / ジェントリフィケーション / 格差 |
研究実績の概要 |
現在、アジアのメガ都市は岐路にある。アジアのメガ都市はグローバルに展開される生産・サービスのネットワークの拠点であり、アジアのみならず世界経済を牽引している。新興都市の急速で圧縮した発展は、一方で先進都市と同時並行的に進む富裕化をもたらしたが、他方で都市内格差の拡大や「インフォーマリティ」の増大とそれに対する排除圧力の増大など、多くの課題も生み出している。本研究の対象であるタイ・バンコクは、内外からの民間資本が集まり、2010年代半ばから大型の都市再開発事業が相次いでいる。他方で、2015年前後から、都市下層の都市からの締め出し(たとえば、露天商の取り締まりや、「スラム」コミュニティの撤去・移転の増大など)が顕著になってきた。また都市の労働市場の最底辺を構成する近隣3ヵ国からの移民労働者は、特に脆弱な状況に置かれている。本研究では、バンコクを事例に、インフォーマリティを巡る包接と排除のダイナミズムとその衝突を明らかにする。 各種データや政策文書を検討すると、下層の「労働者」として労働市場への取り込み、および社会保障制度への包摂が政策課題であるとされる一方で、「生活者」としては都市からの排除圧力が高まっているという矛盾した実態が明らかになった。一連の政策は2000年代初頭から重視されてきた「中所得国の罠」の回避やバンコクのグローバル都市化戦略などに関わっていた。実際の牽引役は民間企業であり、ファシリテーターとして参画する政府にも、都市下層のニーズを把握する視点は弱い。 このような包接と排除の同時進行は、実態の問題を超え、生産領域と再生産領域の議論が分断されているという理論上の問題を抱えている。したがって、グローバルサウスの都市論などにおいて世界をリードするLSEと協同しながら理論的枠組みの再検討を進めると同時に、チュラーロンコーン大学と連携し、バンコクでの実態調査を進める。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年度はコロナ禍とロックダウンのため渡航予定を変更せざるを得なかった。ロンドン・スクールオブエコノミクス(LSE/SEAC)への渡航は何度かの延期の末、10月からまずはオンラインでの客員研究員を開始した(学内システムへのアクセス権を得て、学内セミナーや打ち合わせなどには日本から参加した)。また共同研究者とは定期的にオンラインで議論を行った。また予備調査を行う予定だったタイヘの渡航も中止となったが、オンラインで共同研究者と議論を続けながら、統計局の個票分析や、日本からでも入手可能な政策文書やデータを収集し、分析を続けた。 以上のため、当初の予定よりは遅れているが、共同研究者の協力も得て、本研究の今後の進展と遂行には支障がない状況を維持することができている。 具体的な進捗は第1に、先行研究の検討、およびマクロ動向の分析である。グローバルサウスの都市論の新しい研究動向の整理、ジェントリフィケーションや排除を巡る新しい議論と実態のサーベイ、タイの政策変遷の整理、民間資本と都市再開発事業のデータベースの構築、統計局の個票データの分析(タイの共同研究者と協同)などである。特にグローバルサウスの都市論に関しては、国内の研究者に呼びかけ、新しい研究会シリーズを開始した。また、以前からアジアのメガ都市の国際ワークショップシリーズを共同主催するドイツ・ケルン大学の研究者をはじめ、海外の研究者ともオンラインでの交流を続け、ネットワークの強化を進めている。第2には、東京大学未来ビジョン研究センター主催の国際ワークショップでの発表(8月)、客員研究員となったLSE主催のウェビナーでの討論者(2月)、またバンコクにおける排除と包摂を巡る現状と課題に関する発表(中間報告を兼ねた公開ウェビナー:3月)を行った。3月のセミナーは100名を超える参加があり、複数の共同研究の提案を受け、検討中である。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は、コロナ禍の状況によって調整・変更の可能性があるが、現時点では以下の予定となっている。 理論編と実証編をそれぞれ、ロンドンスクールオブエコノミクス(LSE)、タイ・チュラーロンコーン大学の協力を得ながら進める予定に変更はない。ただし、タイに関しては受け入れ予定の経済学部の共同研究者以外にも、同大学・社会調査研究所やタマサート大学の研究者との共同研究も始まっており、これらの研究者とも連携しながら実態調査の準備を進める予定である。 アジアの発展過程においては、生産領域と再生産領域の議論が切り離され、前者が常に優先されてきたことが広くは格差社会の助長を支えてきた。そのような状況に対する問題意識が本研究の柱の一つである。また労働・生活領域の議論の架橋の際には、都市研究の観点から地理的展開の把握を合わせて行うことが必要であると考えている。 まず第1に、延期となっていたLSEでの実際の渡航が4月のキャンパス再開と共に可能となった。学期修了の6月まで滞在し、滞在終了までに1つのエッセイと1本の論文を完成する予定である(バンコクのジェントリフィケーションに関する論文)。また、日本のアジア経済研究所、オランダ、中国の研究機関が共催する(基課題が一部協力)国際会議で同成果を報告予定である。共同研究者は、キーノートスピーカーとして本国際会議に招聘予定である。また、本来の渡航予定は6か月であったため、残りの4か月は2022年に再度、客員研究員として渡航する予定で調整中である。コロナ禍の影響に関する視点を本研究に追加予定である。またタイに関しては、共同で労働統計などの個票分析を進めており、渡航再開となるまでにマクロ統計から労働市場の再編と格差拡大の要因分析などを進める。本成果は、国際タイ学会での共同報告が採択済みである。そのうえで、10月頃からの渡航と実態調査の開始を目指している。
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