研究課題/領域番号 |
19KT0026
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
小林 多寿子 一橋大学, 大学院社会学研究科, 教授 (50198793)
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研究期間 (年度) |
2019-07-17 – 2022-03-31
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キーワード | 自己語り / オーラル・コミュニティ / 交話機能 / 共在性 / 世代継承性 / オーラル・コミュニケーション |
研究実績の概要 |
本研究は、自己語りの実践をとおして形成されるオーラル・コミュニティの実際を明らかにし、自己を語る際のオーラル・コミュニケーションが人と人とのつながりを生成する交話機能をもつこととオーラルヒストリーを共有することによる世代継承性について解明することをめざしている。 現代日本の地方社会において高齢化や災害による困難に直面するなかで自分史を語る/書く実践のサークル活動や定期的な聞き書きの会などの地域活動が人と人とのつながりの生成機能を発揮している実態を調査研究し、自己語りが新たなオーラル・コミュニティ形成に資すること、そしてオラリティの意義をもとにした自己語りの実践のより持続的な可能性を探求することを目的としている。 本研究課題は、1) 参与型のフィールドワークと傾聴を心掛けるライフストーリー・インタビューを主軸とする質的調査法、2) 自分史や聞き書き集等のリテラルなドキュメントの収集と分析、 3) 参加型関与によるエスノグラフィ的記述という手法、という三つの方法によって、福島県と福岡県におけるオーラル・コミュニティを事例研究の対象として取り組んでいる。自己語り実践の場でのオーラル・コミュニケーションに共在意識を見いだすこと、オラリティが交話機能を発揮すること、高齢者の自己語りが地域の歴史再構築へのリソースとなる世代継承性が包含されることの解明に向けて研究調査をおこなっている。 第一年目の令和元年度は、おもに福島県においてコミュニティの参与観察やインタビュー調査を実施し、オーラル・コミュニケーション状況を描く調査記録の蓄積に従事した。自伝的作品やドキュメントの収集及び自己語りの実践活動の作品化の実態を調査した。COVID-19の感染拡大によりフィールドワークの実施や調査資料取集活動に遅れがでているものの収集済みの資料分析を先行させ、二年目の調査研究で引き続き継続実施の予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究は、現代日本の地方社会で立ちあがっている自己語りの実践とオーラル・コミュニティ形成の実態を現地調査をもとに明らかにし、共同的な自分史を書く行為が自己をオーラルに語る実践と不可分に遂行され、持続的なオーラル・コミュニケーションがもたらす交話機能と地域の歴史の再構築へのオーラル・リソースとなることを二つの地域の事例から描きだし、オラリティの実践とその意義を解明するために、現地調査を中心に取り組んでいる。 コミュニティ形成型の自己語りの実践における交話機能や世代継承性の実態を問うことが研究課題の中心にあり、実際の現地調査によって、人口減少や災害によるダメージを抱えた地域社会における語り合いの場の創出や聞き書き活動というオラリティを核とする地域活動の事例をとおして検討することに従事している。 初年度(2019年度)の研究課題は、福島県においてコミュニティの参与観察やインタビュー調査を実施し、オーラル・コミュニケーション状況を理解する調査記録を蓄積するという調査実践を主におこなった。しかしながら、2020年2月以降のCOVID-19の感染拡大により、地域コミュニティにおける集合的な実践活動やオーラル・コミュニケーションを控える動きが急速に広がり、関連イベントの中止や延期が相次ぎ、フィールドワークの実施や調査資料取集に支障がでている。さらに2020年7月に開催予定であった国際社会学会フォーラムで「伝記と社会」研究部会にて本研究課題について報告し専門家との意見交換に一層の研究進展を期待して準備に努めてきたが、開催国ブラジルでのCOVID-19感染深刻化により2021年へ延期となっており、当初の研究計画に遅延が生じている。初年度の課題は、二年目の研究計画へ延長継続させて実施していく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では具体的な事例として福島県と福岡県という二つの地方社会における実践に着目し、現地調査とドキュメント分析によってアプローチする方法をとっている。福島県南相馬市は、東日本大震災と福島第一原発事故による災禍で原発から20キロ30キロ圏内の避難区域では住民の離散と5年半の地域の空白という困難を強いられた地区を広く含んでいる。2016年7月の避難指示解除後の現在、帰還してきた住民たちは地域の復興への途上にあって地域社会の再生方途のなかに自己語りの実践がみいだされる。福岡県八女市では20年以上にわたり民間の自分史グループが書くことを主にした自己語りをおこなうサークル活動を継続しており、長期にわたる自己語りの堆積があらたなコミュニティ形成を促してきた。この地域は高齢化や人口減少という地域変動だけでなく、集中豪雨による河川氾濫という自然災害による困難を経てきたが、長年にわたる自己語りの実践と定期的に集うオーラル・コミュニティが人びとをつなぐ機能をはたしている。 これら二つの地域において、参与型のフィールドワークと傾聴を心掛けるライフストーリー・インタビューを主軸とする質的調査と、参加型関与によるエスノグラフィ的記述という手法によって研究課題に取り組んでいるが、あわせて自分史や聞き書き集等のリテラルなドキュメントの収集と分析も中心的な研究方法である。そこで、COVID-19の状況しだいでは、リテラルなドキュメント分析を先行させる予定である。 さらに、国内の関連する次の4つの研究動向、すなわち、a) 社会学における自己語り研究、b)オーラルヒストリーと「口述の生活史」研究、c)声とオラリティ研究、d)被災経験調査、を重視しており、これら関連の研究動向の成果を先行して検討することを今後の研究の推進方策として考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID-19の世界的な感染拡大と深刻化により、2020年7月にブラジルで開催が予定されていた国際社会学会が延期となり、2019年度に購入済みの航空券を払い戻したことにより、繰り越し金が発生した。第二年度(2020年度)には、延期開催予定の国際社会学会への参加および遅延している地域コミュニティでの現地調査等の実施に使用する計画である。
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