我が国における農作業中の労働災害とこれを取り巻く保険・法制度の現況を整理した。 我が国の農業分野においては,労働基準法や労働安全衛生法の適用除外となっている事項があること,また経営者と雇用者が不可分の事業体が多く労災保険の加入も任意となっていること,さらに事故や失敗の経験が個人に内部化されていること,その結果として経験知を教訓として共有する仕組みが構築されてこなかったことを明らかにした。 こうした問題に先行的に対峙してきた諸外国における農作業安全対策の実態把握を行った。その結果,韓国では,2016年に「農漁業者の安全保険及び安全災害予防に関する法律」を施行,また2022年には「農漁業者安全保険法」が改正され農作業安全ならびに事故予防に関する法的根拠を整備していた。これにより全ての農業者を対象とした保険制度が整えられるともに,官公庁による農作業事故の原因調査と統計調査の実施,事故防止対策を組織的に展開することが可能なシステムが構築されていた。 アイルランドにおいても同様に,農作業安全に関する法制度が施行され,これに基づいた事故防止対策と原因究明に関する調査が実施されていた。また農作業安全担当の国務大臣ポストの創設と就任,農業者の安全に対する行動変容に向けた安全教育の徹底,農作業安全に対する社会的関心を誘引するためのメディア戦略など,様々な対策が組織的に展開されている実態を明らかにした。 以上から,10万人あたりの死亡者数が漸増傾向にある我が国では,農作業事故の情報収集・活用システムを構築することが喫緊の課題であることを指摘した。具体には農作業安全に関する法令を制定し,これに基づいた公的機関による事故調査と防止対策の展開,また事故発生に備えた保険制度の拡充,安全意識向上のための教育徹底など,農作業安全を社会全体の問題として捉えることの重要性を明らかにした。
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