Wntシグナルは消化管上皮細胞の未分化性維持に作用していると考えられており、逆にBMPシグナルは上皮細胞を分化させる因子として知られている。また、BMPシグナルはPI-3K/Akt経路の活性を抑制することにより、Wntシグナルを負に制御していることが報告されている。APCやβ-catenin遺伝子の変異によるWntシグナルの恒常的な亢進は胃がんや大腸がんの原因となる。また、BMPシグナル経路に関わるBMP I型受容体やSmad4の遺伝子変異によるBMPシグナル阻害は若年性ポリープ症の原因として知られており、BMP阻害による上皮細胞の分化抑制も腫瘍発生原因のひとつと考えられている。しかし、BMP抑制による腫瘍発生機序に関して、これまでに遺伝学的な解析がなされていない。本研究では、胃粘膜でBMPシグナルが抑制されるマウスモデルを作製し、これまでに作製したWnt亢進により胃がんを発生するマウスモデルとの比較解析により、Wnt活性化とBMP抑制の相互作用による胃がん発生機構を解明することを目的として実施した。 BMPの内在性阻害因子であるNoggin(Nog)遺伝子を胃粘膜上皮で発現誘導した、K19-Nogトランスジェニックマウスを作製した。K19-Nogマウスの胃上皮ではBMP活性化により確認されるSmad1/5/8のリン酸化レベルの低下が認められ、BMPシグナルが抑制されていることが確認できた。しかし、BMP抑制による胃粘膜での腫瘍病変は認められず、野生型マウスの胃粘膜と組織学的な違いは認められなかった。胃粘膜では、Wntシグナルを亢進させても腫瘍が発生せず、WntとCOX-2/PGE_2経路を同時に活性化させると胃がんが発生することが以前の研究から明らかである。そこで、BMP抑制と同時にCOX-2/PGE_2経路を誘導させるためにK19-NogマウスとK19-C2mEマウスを交配して、K19-Nog/C2mEマウスを作製した。この複合マウスの胃粘膜ではNogginによりBMPが抑制され、COX-2とmPGES-1の発現によりPGE2産生が亢進している。今後、得られた複合マウスの胃病変の病理解析と遺伝子発現解析を施す。
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