イノシトールリン脂質は、多様な蛋白質の活性や細胞内局在を調節することで、増殖、アポトーシス、細胞運動などを制御する。これら細胞応答の異常は、無限に増殖し、浸潤・転移に至る癌細胞の特性の発現へと繋がるものと考えられる。ホスファチジルイノシトール3リン酸(PI3P)はオートファジー、栄養シグナル伝達、小胞輸送等への関与が示唆されるPIs分子種であるが、癌の発生や悪性化におけるこの脂質の役割は不明である。本研究では、PI3P生成酵素であるクラスIII PI3K(PIK3C3)が細胞の増殖・生存の制御において果す役割を紐解くとともに、発癌と浸潤・転移におけるPIK3C3の寄与をマウス個体レベルの解析から明らかにする。PIK3C3遺伝子改変マウスを利用して、癌におけるPIK3C3の役割を解明する。イノシトールリン脂質脱リン酸化酵素で癌抑制遺伝子であるPTENについて、PTEN^<flox/flox>マウス(PTENのエクソンを挟む形でloxP配列を挿入した条件付欠損マウス)を用いて、前立腺上皮細胞特異的PTEN欠損マウス(PB-Cre4 PTEN^<flox/flox>)を得た。このマウスは、生後10週においてすでに前立腺癌を発症した。PIK3C3^<flox/flox>マウスを用いて、前立腺上皮細胞特異的PIK3C3欠損マウス(PB-Cre4 PIK3C3^<flox/flox>、PB-Cre4 PTEN^<flox/flox>PIK3C3^<flox/flox>マウスを得た。前立腺発癌、浸潤、転移、癌細胞の増殖・死について、組織化学的に解析が可能な現状であり、近く前立腺発癌・進展へのPIK3C3の関与が明らかになる予定である。また、脂質生化学的な解析により、PIK3C3が実際に細胞内でPI3Pの生成酵素として機能することを、遺伝学的に証明した。
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