私達が見出したRNAポリメラーゼIIホロ酵素複合体の構成成分であるメディエーターは内外のシグナル伝達を最終的に統合する細胞内シグナル伝達の終点である。核内受容体やGATAファミリーの特異的コアクチベーターであるメディエーターサブユニットMED1がいかに正常および癌細胞の増殖・分化・維持に関与するかを検討した。MED1の核内受容体結合部位を破壊した変異マウスを作成したところ、PPARγの下流にある脂肪細胞とERαの下流にある乳腺の発育が顕著に抑制されていた。このことから脂肪細胞や乳腺上皮でMED1は核内受容体の下流に位置し、正常な増殖・分化に必須であることが示された。さらに、ノックアウト細胞の培養系を用いて、脂肪分化にはMED1を介する経路の他にMED1を介さない経路が存在することを証明し報告した。次に腫瘍細胞について赤白血病細胞K562を用いて検討し、MED1がGATA-1のコアクチベーターとしてGATA-1を介する赤芽球分化に必要であることを明らかにした。これまでに白血病細胞HL60でMED1が核内受容体を介する顆粒球と単球への分化に必要な知見を得ており、白血病細胞の各種血球への分化誘導にMED1がコアクチベーターとして重要な役割を果たすことが示された。さて、正常および癌組織で微小環境を構成するニッチの重要性が指摘されている。MED1のニッチにおける役割の一端を造血ニッチの培養モデルを用いて検討したところ、MED1欠損支持細胞上で長期共培養した骨髄細胞で、増殖の抑制と造血幹/前駆細胞数の著減が明らかになった。ニッチにおいて基本的転写因子が重要な役割を担うことを示唆する最初の知見であり、現在その分子機序を詳細に解析中である。以上のように、転写メディエーターは正常および癌細胞の増殖・分化のみならず、その微小環境の維持をも担うことが明らかになりつつある。
|