「細胞増殖の適切な制御」は、私たちの体を健康に保つために必須であり、その破綻は癌の発症を引き起こす。本研究では、シグナル伝達分子βカテニンは転写因子Tcfと核内で複合体を形成して、c-mycやcyclin D1などの遺伝子の発現を誘導し、細胞増殖を促進する。多くの癌細胞においてこのβカテニン-Tcf複合体の異常活性化が起きており、このことが癌発症の一因となっている。このため、βカテニン-Tcf複合体の機能と制御の解明は、将来的な新たな癌治療技術の開発につながると期待されている。 本研究では、個体におけるβカテニン-Tcf複合体シグナルの活動の時空間的動態(いつ、どこで、どの程度の強さで活動しているのか)を明らかにするために、脊椎動物におけるβカテニン-Tcf複合体の活動の全貌の可視化に取り組んだ。転写因子Tcfの結合するDNA配列と最小プローモーター、不安定化GFPを連結したレポーター遺伝子をゼブラフィッシュに遺伝子導入し、βカテニン-Tcf複合体の活動を不安定化GFPの緑色蛍光に変換して観察した。レポーターの活動は少なくとも受精後6時間周辺の胚から孵化後一ヶ月の幼魚まで観察され、既にβカテニン-Tcf複合体が活動することが報告されている「発生途上の中脳(中脳視蓋)、網膜、耳砲、神経堤細胞、ヒレ、鼻、及び側線原基」や「成魚における再生途上の創傷部位」に加え、これまでにβカテニン-Tcf複合体が活動するという報告が無い「post-mitoticな頭部感覚神経細胞群やヒレ間葉系細胞、形成途上の口」においてもレポーター活性が確認できた(本遺伝子組み替えゼブラフィッシュは、ナチョナルバイオリソースに寄託した)。このβカテニン-Tcfシグナル可視化ゼブラフィッシュは、組織の構築、維持、破綻、再生におけるβカテニン-Tcfシグナルの時空間的動態とその機能の全貌を解明するための有効なツールとなると期待できる。
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