研究概要 |
我々はイノシトールリン脂質代謝の要の酵素であるホスホリパーゼC(PLC)の中でも、PLCδ1は極性のある上皮細胞に発現が非常に多いこと、PLCδ1遺伝子欠損(KO)マウスは皮膚上皮系幹細胞の分化異常により皮膚腫瘍を形成することを報告している。そこで、イノシトールリン脂質代謝が、どの様なメカニズムで皮膚上皮系幹細胞の増殖と分化の方向性の決定および分化異常と腫瘍の形成に関わっているのかを明らかにすることを目的とした。第一に、PLCδ1KOマウスでは皮膚の肥厚が観察されるが、こうした皮膚の肥厚と炎症やがんとの関連性が示唆されていることから、PLCδ1と炎症との関連性を検討した。まずPLCδ1KOマウス皮膚の切片での免疫性細胞であるマクロファージ、顆粒細胞、T細胞数を免疫組織学的に調べた所、野生型マウス皮膚に比べ4~5倍こうした免疫性細胞が浸潤していることが明らかになった。更に炎症性のサイトカインであるIL-1β,IL-6,MMP-9の量をRT-PCRにより比較検討した所、PLCδ1KOマウス皮膚で有為に増加していることが判明した。こうした事実はPLCδ1の欠損が炎症反応を惹起していることを示すものである。第二に、上皮系がん細胞の浸潤突起形成(極性形成)におけるリン脂質の重要性を明らかにした。まず乳癌細胞の浸潤突起部位にリン脂質であるPIP2が非常に多く局在していることを明らかにした。そこで抗PIP2抗体を乳癌細胞に微量注入した所、浸潤突起形成が抑制された。またPIP2を基質としてPI3キナーゼによって産生されるPIP3が浸潤突起形成に関与することが示唆されているので、PI3キナーゼ阻害剤であるWortmannin等で処理した所、この場合にも浸潤突起形成が抑制された。更にPIP2合成酵素であるPIPKIIβのRNAiにより、E-カドヘリンの発現が顕著に抑制された。こうした事実はPIP2・PIP3バランスが浸潤突起形成や細胞接着・細胞極性形成に重要であることを示している。
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