がん化によって細胞表層糖鎖シアル酸量の異常が起こる。その変化の実体を明らかにする目的で、われわれはこれまで、シアル酸量調節の鍵酵素であるシアリダーゼに着目して研究を行ってきた。その結果、細胞表層膜に局在するシアリダーゼ(NEU3)が種々のヒトがんで異常に発現亢進していること、過剰発現NEU3ががん細胞のアポトーシスを抑制することを見出した。一方、NEU3をノックダウンすると、がん細胞がなんらの刺激もなく自ら細胞死に陥ること、しかし、正常細胞ではこの現象が見られないことがわかった。この結果は、NEU3ががん細胞の生存に重要な役割を果たしていること、がん治療の優れた標的分子である可能性が高いことを示している。 本課題では、NEU3高発現により、細胞死が抑制され、逆に、siRNA導入により細胞死をもたらす分子機構を解析した。NEU3ノックダウンによって、Rasの活性化が阻害されたが、一方、高発現細胞では、NEU3ががん細胞のRas活性を上昇させ、ERK1/2およびAkt経路の促進を導いた。NEU3によるRas活性化は、キナーゼ阻害剤であるPP2あるいはEGFR阻害剤のAG1478によって効果を失った。実際に、NEU3ノックダウンは、EGFRリン酸化を減弱させ、一方、過剰発現は亢進した。そのとき、後者では、NEU3がEGFRと共沈し、EGF刺激によって共沈するNEU3分子が増加した。このことは、NEU3がEGFRとの会合を介して、そのリン酸化亢進をもたらしている可能性を示し、EGFRリン酸化の増強、Ras/ERK経路の活性化ががん細胞をアポトーシス抑制に導いていることを示唆した。さらに、NEU3による活性化には、反応産物ラクトシルセラミドの蓄積が考えられ、実際にこの添加によって、がん細胞のEGFRのリン酸化が亢進した。NEU3の酵素触媒作用と、EGFR等との蛋白相互作用の両者が関与している可能性が高い。
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