癌などの悪性腫瘍に共通してみられる特徴として、代謝異常があげられる。我々は、脂質代謝に関わる酵素の一つ、ATPクエン酸リアーゼ(ATP citratelyase ; ACLY)に注目し、肺腺癌における役割と治療標的としての可能性を検討した。ACLYは細胞質内においてクエン酸を脂肪酸前駆体であるアセチルCoAに変換することによりde novo脂肪酸合成を促進する酵素であるが、解糖系と脂質代謝を連結するため代謝全体のバランスにも関与する。 今回、肺腺癌組織と正常組織を用いて、ACLYの発現をreal time PCR、ウエスタンプロット、免疫組織化学的に解析し、同時に酵素活性も測定した。ACLYは正常組織に比べて、癌において有意に発現が高く、また高度にリン酸化されていることがわかった。162例の肺癌患者の組織標本を調べた結果、ACLYのリン酸化は臨床病期、組織学的分化度と相関し、予後不良因子であった。 次に、肺腺癌の細胞株を用いて、プロトオンコジーンであるAktを強制発現させるとACLYのリン酸化が亢進し、AktのDominantnegativeやphosphatidyl-inositol-3 kinase(PI3K)阻害剤処理によってリン酸化が有意に減少することを認め、ACLYの活性化は、PI3K-Aktシグナル伝達系により制御されていることがわかった。肺腺癌細胞株A549を用いたRNAiによるACLYの特異的抑制では、細胞周期がG1期で止まり、増殖能も有意に減少したが、インスリンを投与すると部分的に増殖能の改善を認めた。また、ACLYの抑制により脂肪酸合成が有意に減少したが、驚いた事に、細胞内にはリン脂質や中性脂肪が逆に蓄積していた。 最後に、A549細胞株をヌードマウスに移植し、腫瘍に直接ACLYに対するRNAiを投与すると、有意に腫瘍体積の減少を認めた。以上より、ACLYは肺癌の進行に深く関与しており、新しい治療標的としての可能性が示唆された。
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