遺伝子発現制御の異常は発がん課程の重要な鍵であり、エピジェネティックな異常の蓄積は、その原因のひとつとして考えられる。近年、脳腫瘍や大腸がんなどの固形腫瘍の一部の細胞が、腫瘍幹細胞(がん幹細胞)としての機能を有することが明らかになりつつあるが、がん幹細胞がどのような課程を経て他のがん細胞と異なる形質を獲得しているのか不明な点も多い。昨年度、我々は、がん細胞におけるエピジェネティックな遺伝子発現制御機構を解析し、ヒストンH3タンパクのリシン27番(H3K27)に対するトリ・メチル化修飾(H3K27me3)の異常が、がん関連遺伝子の不活化を介してがんの発生に寄与することを見出した。さらにこの遺伝子不活化機構はDNAのメチル化とは独立した機構であることを新たに示した。H3K27me3は胚性幹細胞の維持・分化に関わるエピジェネティクスマーカーとして知られており、我々の基礎データーを鑑みるとがん幹細胞の維持・分化にもH3K27me3が関与する可能性が推測された。そこで同一症例内で多彩な組織像を呈する脳腫瘍の膠芽腫に着目し研究を行った。特に膠芽腫の腫瘍内分化にがん幹細胞(BTPC)の存在が関与していると考え、BTPC株を複数樹立し、BTPCの分化モデル系を用いて、BTPCの維持・制御に関わるエピジェネティクスを解析してきた。その結果、BTPCの維持・制御にはH3K27me3が重要な働きをしており、そのメチル化酵素を標的とした小分子化合物3-Deazaneplanocin A(DZNep)が膠芽腫に対して高い抗腫瘍効果を示すことを見出した。
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