脊髄後角における抑制性シナプス応答の生理的役割を明らかにするために、in vivoパッチクランプ法を用いて皮膚への生理的感覚刺激に対する抑制性シナプス応答を記録・解析し、併せてスライス標本を用いた神経回路の同定および行動解析を行った。 その結果、一側の後肢皮膚に侵害刺激を加える、あるいは炎症を起こすと逃避行動に加えて、患側の後肢を舐める、即ち患部に非侵害性の刺激を加える行動が観察された。In vivoパッチクランプ法を用い、ホールセルクランプ法による電流固定下で脊髄後角表層の膠様質細胞から膜電位を記録すると、-70mVの静止電位を有し、自発性の興奮性シナプス後電位(EPSP)が誘起された。皮膚へ機械的痛み刺激を加えると、EPSPの発生頻度と振幅が著明に増大し、活動電位が発生した。次に、機械的痛み刺激と同時に、その周囲に非侵害性の触刺激を加えると活動電位の発生頻度が著明に抑制された。電位固定下で興奮性シナプス後電流(EPSC)を記録すると、機械的痛み刺激によって振幅の大きなEPSCが誘起された。一方、同一細胞におけるGABAやグリシンを介する抑制性シナプス後電流(IPSC)は非侵害性の触刺激によって誘起された。触刺激によるIPSCの受容野は、機械的痛み刺激によるEPSCの受容野を中心とし、その周辺部まで及ぶ広い面積を有した。次に、脊髄スライス標本を用いて一次求心性線維の後根誘起のシナプス応答を解析すると、EPSC、IPSCともにAδ線維とC線維を介する応答である事が示された。以上より、脊髄膠様質における抑制性シナプス応答は主に、非侵害性の触刺激によって誘起され、機械的痛みの伝達を有効に抑制する事が明らかになった。
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