成体の嗅球では、新しく生まれた神経細胞(顆粒細胞)が神経回路に組み込まれている。新生顆粒細胞は約半数が組み込まれ、約半数は除去される。我々は新生顆粒細胞の、 1. 匂い入力依存的な生死決定時期2. 動物個体の摂食行動に規定される生死決定時期 という、2つの生死決定時間の存在を見出し、本研究はこれらの生死決定時間を規定している分子機構を明らかにすることを目的としている。本年度は、2. のメカニズムについて、インシュリンシグナル系、摂食後の睡眠の関与について解析を進めた。 摂食関連ホルモンの1つであるインシュリンシグナル系の関与を想定し、嗅球での機能を検討した。嗅球顆粒細胞にはインシュリン受容体が発現しており、未分化新生顆粒細胞の大部分は活性型のリン酸化インシュリン受容体を発現していた。嗅球にインシュリン受容体の活性化阻害剤を投与すると、新生顆粒細胞のインシュリン受容体のリン酸化が阻害され、同時にこの細胞の細胞死が促進された。このことから嗅球の内因性インシュリンシグナル系が顆粒細胞の生存を促進していることが分かった。現在、食事前後にこのインシュリンシグナル系の変動を解析中である。 また、食後にはほとんどの個体が睡眠に入り、この睡眠を阻害すると新生顆粒細胞の生死決定がおこらなくなるという現象を見出しており、睡眠に伴うシグナル系の関与を検討した。マウス脳に電極を留置し、行動下のマウスで脳波測定を行う実験系を確立した。睡眠時には嗅皮質および嗅球に4Hz以下の徐派が現れることが観察された。現在、この徐派の有無および大きさと、嗅球新生顆粒細胞の生死決定の関連性を検討中である。
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