大脳皮質視覚野細胞の視覚刺激に対する反応選択性は生後の視覚入力に依存して形成される。シナプス可塑性は、この基礎過程と想定され、その特性と分子機構が調べられてきた。これまでに我々は、ラット視覚野の2/3層錐体細胞において、NMDA受容体依存性長期増強は発達期に限局して生じること、その誘発にはNR2Bサブユニットを含むNMDA受容体の活性化が必要であり、成熟期に達するとNR2B-NMDA受容体も減少していることを報告した。一方、サイレントシナプスと呼ばれる、NMDA受容体は存在するがAMPA受容体を欠く興奮性シナプスが発達期に様々な脳領域で見出されている。このシナプスでは、NMDA受容体が強く活性化されるとAMPA受容体がシナプス後部に挿入され、機能的シナプスに変換される。従って、このシナプスの機能化は長期増強の基盤であると推定される。 本年度は、正常視覚環境下で飼育した生後7-14日齢の開眼前群、20-24日齢の感受性期群、49-55日齢の成熟群、生後直後から暗室飼育した感受性期および成熟期のマウスを用いて実験を行った。視覚野切片標本上の2/3層錐体細胞からホールセル記録を行い、近傍にある別の錐体細胞への局所刺激により誘発されるEPSCを記録した。AMPA性EPSCとNMDA性EPSCを分離記録し、それぞれのfailure rateから各実験群でのサイレントシナプスの割合を推定した。その結果、サイレントシナプスの割合は開眼前のマウス視覚野で最も高く、成熟するに伴い低下した。暗室飼育により視覚反応可塑性感受性期が延長した成熟動物の視覚野では、サイレントシナプスの減少は抑えられた。以上の結果は、2/3層錐体細胞間結合におけるサイレントシナプスの機能化は視覚体験に依存することを示しており、このメカニズムは経験に依存した視覚反応形成過程に重要であると考えられる。
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