精神疾患の成因解明のための死後脳研究を行う上で慎重な考慮が必要な交絡因子のうち、死戦状態、特に低酸素暴露の脳内の遺伝子転写物への影響を適切に評価し影響を最小限にコントロールするプロトコルを策定するため、ヒト神経細胞、グリア細胞由来の培養細胞の低酸素暴露による遺伝子転写への影響と死亡時低酸素暴露による死後脳組織への転写物への影響を比較し、死戦期の低酸素暴露が死後脳組織の遺伝子転写調節に及ぼす影響を包括的に検討した。低酸素状態に曝された神経細胞由来SK-N-SH細胞はミトコンドリア機能が活性化したが、細胞数には変化を認めなかった。オリゴデンドロサイト由来OL細胞では低酸素暴露によりミトコンドリア機能の増加傾向、有意な乳酸産生の増加がみられ、細胞数が顕著に減少した。アストロサイト由来SVGp12細胞においては細胞数、ミトコンドリア機能ともに顕著な変化は認められなかった。マイクロアレイ解析を行った結果、遺伝子発現レベルでもオリゴデンドロサイトでは他の細胞種に比べ大きな影響が観察された。発現変化を受ける遺伝子の種類は神経細胞と比して、グリア細胞間で全般に高い類似性が認められ、中でも糖代謝系に関わる遺伝子が共通して発現変化を受けていた。低酸素暴露により脳内細胞と末梢組織細胞でともに発現変化する遺伝子を細胞種間で普遍的な低酸素状態暴露履歴のマーカーとして特定した。また、低酸素などの死戦期状況に暴露しpHが低下した死後脳組織と暴露が少なく生理的pHに近く保たれた組織との遺伝子発現プロファイルの相違と低酸素暴露した神経細胞、グリア細胞の遺伝子発現プロファイルを比べ、死後脳組織の低酸素暴露履歴のマーカーを特定した。本研究により低酸素暴露による脳内細胞の細胞種特異的変化や細胞種間に共通の変化が包括的に把握され、死後脳組織の死戦期における低酸素暴露の履歴をより適確に評価することが可能になった。
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