研究概要 |
既往の電流に対する非弾性補正の理論研究においては、電子は分子内部においては非平衡状態にあり、電極においてのみ熱平衡に達すると仮定されている一方で、分子振動は常に熱平衡状態にあると仮定した計算が行われてきた。非弾性スペクトルのメインピーク近傍の計算においては、仮定の影響は小さいと期待できるが、非弾性スペクトルのオフセットの計算や熱伝導に対する非弾性補正の計算等の様な、エネルギー収支に対する高い精度が必要な物理量の計算においては疑問が残る。この問題を解決する為に分子振動の非平衡性が電気伝導に及ぼす影響を理論的に考察した。分子振動は電子系との非弾性相互作用を通じた熱発生過程に関与すると同時に、電極フォノンとの達成を通じたエネルギー移動過程にも関わる。この事を考慮しフォノン熱伝導と電子伝導の自己無撞着な理論計算を行った。レナード・ジョーンズ・ポテンシャルを用いて力場をモデル化し、分子振動と電極バルクフォノンの達成問題は半無限グリーン関数法を用いて最近接レヤー近似の範囲で解いた。電子系に対してはタイト・バインデイング・モデルを用い、電子・分子振動相互作用と電子・正孔対と分子振動結合をスー・シュリーファー・ヒーガー(SSH)モデルの範囲で取り入れた。分子内部での電子とフォノンの各々に対する運動学的な方程式を、ケルデイッシュ・グリーン関数を用いて構築し、双方に対するダイソン方程式とこれ等を自己無撞着に解く事により、両者に対する定常状態解を求めた。理論計算の結果、非弾性的に発生した熱に流れの方向性が生じ、小さな熱流が温度無勾配下でも発生し得る事を見出した。これは非平衡フォノンの影響から来るものであると考えられる。今回の理論計算は、今後の熱電変換特性に対する非弾性補正の研究に繋がる重要なものであり、これらの結果はY.Asai,Phys.Rev.B78,045434(2008).に発表した。
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