イノベーションを創成していくにあたっては、知識循環システムにおける不整合性が大きな問題となる可能性がある。これまで日本は、エレクトロニクス産業の強固な基盤を背景として、太陽電池に関する技術開発及び住宅などへの導入において世界をリードしてきたが、ここ数年は欧州、特にドイツにおける普及が急激に進み、累積導入量では日本を抜いて世界一となるに至っている。従来、日本における太陽電池の開発では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を中心としたコンソーシアムを形成し、関連する大学や企業の研究者がネットワークを通じて地道な研究開発が進められ、その結果研究成果を着実に積み重ねてきた。しかし近年になって、米国などでは太陽電池を始めとしてエネルギー技術への民間投資が急激に増えてきている。ドイツにおいて市場が急速に立ち上がるのに合わせて、欧州、米国、中国などのベンチャー企業が、数多くの投資家が出資するファンドを形成することで大規模な投資を行うことが可能となり、それを挺子にして太陽電池の生産量を急増させている状況である。これは、イノベーション・プロセスとして、公的機関による研究開発の着実なサポートが重要である段階から、民間部門による積極的な投資を通じた社会全体への普及が中心となる段階へと質的に異なったフェーズに移行してきているとみなすことができる。従来日本での技術開発においては、社会を支えるインフラの供給・管理という観点から、既存の大学や企業を中心としたアクターがネットワークを形成し、安定的な制度環境の下で科学技術に関わる基盤的な知識を創出し、イノベーションにつなげていくという形式が主導的であった。今後は、金融市場を通じた情報・知識の流通も適切に活用することを通じて、ベンチャー型のアクターによる新たなイニシアティブを社会におけるイノベーションとして創出していくための制度設計も重要となる。
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