本研究の目的は高次認知における合成性(compositionality)を可能とする脳内メカニズムの理解を深めることである。認知科学における合成性とは、ある全体は再利用可能な部分の組み合わせから構成可能であることを示す。例えば、複雑なゴール指向の行為を生成する場合、その行為の全体はよく利用される運動単位の順序組み合わせから再構成可能であるといったArbibのモータ・スキーマ理論は、行為における合成性を表している。このような合成性は従来の認知科学においては、記号表現とその操作により実現可能と考えられてきたが、我々はそれはセンソリ・モータレベルでの蓄積的な学習に伴い自己組織化される神経回路内部での分散的な神経活動ダイナミクスにて実現可能であろうと考えてきた。 以前の研究では、複数の運動単位に対応するセンソリ・モータパターンがどのようにして一つの神経回路上に分散的に学習獲得可能かという問題について検討を行った。本研究では、その結果に基づき、学習獲得された運動単位はどのような神経メカニズムによって時間方向に組み合わされ、要求される行為全体が構成されうるのかについて研究を行った。 本研究の成果として、時定数の異なる部分ネットワークから構成される神経回路モデルを提案し、そのモデルを適用したロボット実験の結果から、ネットワークの内部に時定数の違いを利用することにより、機能的階層性が自己組織化されることを示した。より具体的には、時定数の速い部分ネットワークには複数の運動単位が埋め込み学習され、時定数の遅い部分ネットワークには、各ゴール達成のための運動単位の組み合わせ時系列パターンが複数学習されることが示された。
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