本年度は、具体触媒反応の例として、昨年度に引き続きイオン性結晶であるナノシート固体酸触媒におけるアルコールのエステル化反応と水酸化ルテニウムにおける2級アルコールのラセミか反応を取り上げた。ナノシート固体酸触媒に関しては、はじめに「表面」であることをきちんと反映するためにバンド計算を実行し、周期性を持った結晶構造、表面構造、電荷分布を決定した。次に、表面での触媒反応の研究を遂行するために、こうして決定された表面状態を十分に再現するように、表面のクラスターモデルの作成を行なった。モデルの有用性・適応範囲・量子論で扱う自由度やクラスターサイズの選択方法について、実験結果やバンド計算からのデータと比較検討しながら、表面の電子状態や不均一触媒反応の反応機構を解明し、触媒モデルを完成させた。この触媒モデルを使って、アルコールのエステル化反応の反応機構を調べ、実験事実を再現する結果が得られた。このことから、理論科学的手法を用いても、表面のモデル化さえしっかりとできれば、触媒反応にも応用できることが分かった。次に、水酸化ルテニウムに関しては、クラスターモデルを構築し、実験事実とあわせて反応機構に関して考察を行った。灰異数が6であることと電荷が+3であることを考慮し、モデルを作成した。このモデルを用いて、ラセミ化反応の反応機構を明らかにし、さらには酸化反応まで取り扱い、触媒サイクルをすべて網羅する計算を実行した。得られた結果は実験事実を再現するものであり、こうした計算科学的手法の有用性を示した。こうした研究を基に、表面における種々の時間-空間スケールでの緩和過程を記述するための基礎理論の開発を目指し、各スケール間のつながりを詳細に検討した.こうした研究を基に、今後も固体触媒表面の化学反応の統合的理解を目指した時間-空間マルチスケールの計算スキームの開発を進めていきたいと考えている。
|