研究概要 |
溶媒和電子の反応の基礎となるのが、低エネルギー電子による解離性電子付着過程である。本年度はウラシルと電子の反応について検討した。ウラシル(U)について、エネルギー的に最も有利な解離性電子付着経路はe^-+U→U^-<*>→(U-H)^-+Hと書ける。(U-H)はウラシルから水素原子が脱離したラジカルを意味し、実際にはN-Hが最も弱い結合となる。興味深いことは、解離過程が3eV以下の低電子エネルギーで起こることが実験的に見出されていることであり、このことが低エネルギー電子によってDNA/RNAの損傷が起こることの主原因となっている。ウラシルは大きな双極子モーメントをもつため、いわゆる双極子束縛型のアニオンを形成し、これが電子付着過程の入り口として重要な役割をしている。また、過剰電子が最も低いLUMOであるCCπ^*軌道に入ったπ^*型アニオンおよび解離に直接関与するN-H結合のσ^*軌道に入ったσ^*型アニオンがある。これら3種類のアニオン状態を同時に記述できる電子状態理論および適切な基底関数を選択しなくてはならない。様々な電子状態理論を検討した結果、水素原子にDiffuse関数を加えた6-311++G(2d, p)基底関数を用いたBHLYPハイブリッド密度汎関数法で、電子状態をうまく記述できることが分かった。ウラシルアニオンの解離過程を量子ダイナミクス理論で取り扱うため、N-H結合距離と水素の面外座標の2自由度のみを考慮してポテンシャルエネルギー曲面を作製した。得られたポテンシャル面上で量子波束計算を行い、解離レベルより高いエネルギー領域に、いくつかの鋭いピークに加えて、比較的幅の広い強度の大きな共鳴ピークを見出した。詳しい解析の結果、これはNH伸縮振動励起状態に相当することが分かった。電子とウラシルの衝突実験でも同様な共鳴ピークが見出されており、荒い近似ながら実験結果を定性的に説明することができた。
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