本年度は、分子クラスターにおける溶媒和電子の束縛機構を理論的に明らかにするため、ウラシル-水クラスターアニオン系とニトロメタン-水クラスターアニオン系の2つを対象とした。 ウラシルのアニオン状態には、双極子束縛型アニオンと原子価束縛型アニオンの2種類があり、単体では双極子束縛型アニオンの方が安定である。しかし分子アニオン状態は、水分子などの溶媒による影響でその安定性が変化することが知られており、このことはウラシルアニオンにも同様に当てはまることが予想される。本研究ではウラシル-水クラスターアニオンについて、2種類のアニオンにおける安定性の変化機構を解明するために理論計算を行った。その結果、ウラシルに水分子が付加すると2種類のアニオンの安定性が変化し、変化に関するバリアも低くなることがわかった。さらにウラシル-水クラスターアニオンの光電子スペクトルシミュレーションも行った。その結果、光電子スペクトルが幅広になる要因は従来考えられていたような異性化による影響ではなく、ウラシルの分子内振動(主に面外振動)による影響が大きいということを見出した。 ごく最近、永田らによってニトロメタン-水クラスターアニオン系[CH_3NO_2・(H_2O)n](n=0-6)の光電子分光実験が行われ、新しいタイプの双極子束縛型アニオンが見出された。彼らはこのアニオンを、ニトロメタンと水6量体に余剰電子が挟まれた(H_2O)_6{e}CH_3NO_2というDual dipole-bound anionであると帰属している。我々の詳細な理論計算の結果、Dual dipole-bound anionは存在し得ることが判明した。また(H_2O)_6{e}CH_3NO_2の光解離反応についても、エネルギー的に実験結果を説明することができた。
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