カーボンナノチューブの側壁は非局在化したπ電子により強い極性を有している。従ってナノチューブに内包された分子がファラデーケージによる静電シールドの影響を受けることが知られている。更には、内包された分子の双極子モーメントはナノチューブ側壁上に誘起された鏡像電荷により打ち消される。そういった遮蔽効果は内包された分子に由来する振動スペクトル強度の減少を引き起こすことが予期される。しかしながら、計算コストの問題などから理論的な知見を得ることはこれまで非常に困難であった。そこで我々は、分散力を考慮した密度汎関数強結合法を用いて単層カーボンナノチューブ上に物理吸着したアセトン分子系の振動数計算を行い、それらのIRスペクトルを求めた。そして、実験事実と同様にIRスペクトル強度が著しく減少することをこのような大規模系に対しては理論的に初めて確認した。得られた結果はまたナノチューブがバンドギャップに依存することなく金属表面的な振る舞いをすることを示唆している。この成果により、効果的な小分子内包過程の見積もり、内包された分子の物性評価、ナノチューブ内側で起こりうる分子レベルの修飾に関する研究といったような事例に対するIR振動スペクトルの応用に向けた足がかりが得られたことが期待される。少なくとも今回の証拠は、ナノチューブチャネルを移動する分子を分光学的に検出することはほぼ不可能であることを明らかにした。
|