フラーレン、カーボンナノチューブ、グラフェンリボンなどの新しい炭素材料は、超伝導性、強磁性など特異な物性を示すことやナノサイエンス・ナノテクノロジーの観点から分子ナノデバイスのパーツとして、近年精力的に研究されている。また、電子状態と分子振動の間の相互作用である振電相互作用は、物性理論における基本的な相互作用であり、これらの炭素材料における分光学的性質や輸送現象は振電相互作用に大きく依存する。しかしながらこの振電相互作用(電子-振動相互作用)は非経験的レベルでこれまで十分正確に取り扱われてこなかった。とりわけC60アニオンにおいては振電相互作用定数が光電子分光により得られているか、先行のすべての理論的研究では実験と比較して1/3程度に過小評価されている。このため、その分光学的性質や電子物性は、十分に理解されているとは言いがたいのがこれまでの研究状況である。本研究では、この問題を解決なるため、最近Wangらにより観測された光電子スペクトルを解析することにより振電相互作用定数を求めた。きらに振電相互作用を計算するための新しい密度汎関数をtan探索した。C60アニオンはヤーンテラー分子であり、2つのAgモードと8つのHgモードが3重縮退した電子状態と結合する多モード動的ヤーンテラー系である。本研究では上記のすべてのモードを考慮した動的ヤーンテラーハミルトニアンをLanczos法により対角化し、励起振電状態を考慮し、光電子スペクトルのシミュレーションを行った。密度汎関数計算についてはB3LYP汎関数を基礎としてHF交換項の寄与を変化させ、実験を再現する条件の探索を行った。実験の解析より得られた振電相互作用定数と密度汎関数計算の結果はよい一致を示し、その値は以前から知られていたよりも小さいものであった。この際、HF交換項の寄与を数%増やしたものが実験との一致がよいこどがわかった。フラーレンの発見以後、振電相互作用定数については実験的にも理論的にも信頼できる値が存在しなかった。本研究では、実験の解析により得られた振電相互作用定数と理論計算により得られた値はよく一致しており、今後、C60の電子物性を議論するための基礎的な研究となると期待される。
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