研究概要 |
これまで我々は、電子核混合系を量子力学的に取り扱うため、第一原理経路積分分子動力学(ab initio path integral molecular dynamics(PIMD))法の開発・実装および具体的応用計算を実行し、常温においても核の量子効果が重要であることを見出してきた。平成20年度は、低温領域における量子効果を効率良く取込むために、4次のTrotter展開によるPIMD法を実装し、H_3O_2^-のH/D/T同位体効果とその温度依存性を解明した。 H_3O_2^-の理論的研究は多数報告されているが、原子核の量子効果を含めた最近の研究として、経路積分分子動力学(PIMD)法[1]と量子モンテカルロ(QMC)法[2]がある。しかしながら重原子間距離(Roo)および中心水素(H^*)に関する距離の差(δ_<OH*>)に関しては、互いに異なる結果が報告されている。この異なる幾何学的同位体効果(GIE)の原因を明らかにすることを目的に、4次補正によるPIMD法を実装し、様々な温度領域での系統的解析を行った。ポテンシャルには、Braamsらの作成した(CCSD(T)/aug-cc-pVTZ)レベルのものを用いた。50Kの分布はH体、T体ともにピークが一つであった。これは零点振動によってδ_<OH*>=0Åにある障壁を越えたためである。またポテンシャルの非調和性により、T体のRoo期待値はH体のRoo期待値よりも短くなった。これらの傾向は、OKにおけるQMCの結果を支持するものとなった。一方400Kにおいては、H体の分布は一つのピークのままであったが、T体の分布は緩やかな二つのピークとなった。400Kでは酸素間距離の伸張により、量子性の低いT体の場合は有効ポテンシャル障壁が高くなり、その分、障壁が越えづらくなったためと考えられる。実際400Kにおいては、T体のRoo期待値はH体のRoo期待値よりも長くなった。これらの傾向は、300KにおけるPIMDの結果を支持するものとなった。以上より、低温領域ではポテンシャルの非調和性における零点振動が、高温領域ではδ_<OH*>とRooの多次元的な寄与が支配的となり、低温と高温で異なるGIEを示すことがわかった [1] M.Tachikawa and M.Shiga, J.Am. Chem.Soc(Communication), 127, 11908(2001). [2] A.B. McCoy, X.Huang, S.Carter, and J.M. Bowman, J.Chem. Phys, 123, 064317(2005).
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