研究概要 |
本研究課題は水素結合系の動的挙動の理論的解明を目的とする. 水素結合は超分子設計や生体分子の機能発現に重要な役割を果たしており, その基礎的な理解は幅広い科学分野で必要とされている. ここでは, (1) 動ダイナミクスを扱う新しい理論的手法を確立, (2) クラスター・凝縮相での水素結合系への応用計算を目的とする. クラスターや凝縮相に対し精密な結果が揃っている実験研究を参照とし, 提案する理論を検証するとともに, 水素結合系に対する理解を深めたい. 本年度は新しい理論的手法として, 振動擬縮退摂動論と瞬間振動状態解析法を開発した. 振動状態の共鳴は分子スペクトル, エネルギー移動. そして反応ダイナミクスに大きな影響を及ぼし, その定量的な記述は非常に重要である. 分子振動の共鳴状態には2種類の相互作用が関与する. 1つはエネルギー的に擬縮退しているゼロ次配置関数の間の強い相互作用であり, 配置関数が強く混ざることで共鳴状態を形成する. もう1つは励起配置を通した相互作用であり, 1つ1つは大きな相互作用ではないが, 非常に多くの配置関数が関与するため, 全体としては無視できない量になる. これらの相互作用をバランスよく記述するため, 振動擬縮退摂動論(VQDPT)を提案した. この方法では, 前者を配置間相互作用法で, 後者を摂動論により扱うことで, 精度を落とすことなく計算コストを大幅に下げることができる. これまで, 強いFermi共鳴を示すCO_2, H_2CO, C_6H_6の振動状態をよく再現した. VQDPT法は孤立系分子に適した方法である. 一方, 溶液中やたんぱく質中など, ある環境におかれた分子は決定的な平衡構造・振動数は存在せず, 系全体の熱ゆらぎにより振動数は一定の幅を伴って観測される. ここでは分子動力学計算と非調和計算を組み合わせることで, 熱運動による振動数の揺らぎを高い信頼性で計算できる手法を新たに開発した. この方法をフラーレンに内包された水分子へ応用し, フラーレン内で熱運動する水分子のOH伸縮振動の振動数の時間変化を解析した.
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