蛋白質は、基質結合、光励起などの局所的摂動に対して応答し、分子全体が集団的に構造変化し、機能する。本研究は、分子シミュレーションと、その結果から計算される散乱・分光実験データを、相補的に利用して、蛋白質の局所運動と集団運動の連携機構を明らかにすることを目的とする。平成20年度は以下の成果を得た。 1. 我々は、Staphylococcal nuclease (SNase)蛋白質の分子動力学(MD)結果から非干渉性中性子散乱(INS)スペクトルを計算し、蛋白質の集団運動に対する水和の役割を明らかにしてきた。平成20年度は、分子シミュレーション結果からテラヘルツ時間領域分光(THz-TDS)データを計算する手法を開発し、上記SNase蛋白質のMDに適用した。その結果、THz-TDSデータに現れる蛋白質ダイナミクスの水和依存性や温度依存性は、INSスペクトルのものと大きく異なることが明らかになった。さらに、この違いを、THz-TDSデータに対する、原子の自己相関運動の寄与、原子間の相互相関運動の寄与、水分子ダイナミクスの寄与、等を吟味することで明らかにした。 2. 我々は、蛋白質の分子シミュレーション結果から、分子内の相関モードを抽出する手法の開発も行っている。蛋白質の集団運動を解析する有効な手段に主成分解析(PCA)があるが、PCAにより求められた2つのモード間には相関がない。平成20年度は、分子シミュレーションから求めた4次キュムラント行列を解析することで、多自由度複雑系である蛋白の分子運動を、複数の独立な部分空間に分離し、部分空間内の相関モードを解析する手法を開発した。この手法をT4リゾチーム蛋白質の長時間分子動力学計算結果に適用し、分子内にどのような相関モードが存在するか明らかにした。
|