蛋白質は、基質結合、光励起などの局所的摂動に対して応答し、分子全体が集団的に構造変化し、機能する。本研究は、分子シミュレーションと、その結果から計算される散乱・分光実験データを、相補的に利用して、蛋白質の局所運動と集団運動の連携機構を明らかにすることを目的とする。平成21年度は、以下の成果を得た。 1. 蛋白質の集団運動を解析する有効な手段に主成分解析(PCA)があるが、PCAにより求められた2つのモード間には高次相関がない。我々は、PCAを超える試みとして、信号処理の分野で用いられる独立部分空間解析の手法を応用し、分子シミュレーション結果から蛋白質の相関し合う運動モードを抽出する手法を開発した。この手法を、T4リゾチーム蛋白質の分子動力学計算結果に適用し、蛋白質の局所運動が、水素結合を介して集団運動に変換する過程を明らかにした。この結果は、現在専門誌へ投稿中である。 2. 蛋白質の機能には、ガラス転移温度(約200K)以上で起こる蛋白質の集団的非調和運動が重要な役割を果たす。我々は、Staphylococcal nuclease蛋白質の分子動力学(MD)計算結果からテラヘルツ時間領域分光(THz-TDS)データと中性子散乱データを計算し、蛋白質の集団運動に対する水和の役割を解析した。その結果、約200K以上での水和蛋白質のTHz-TDSデータには、水和水の運動、および、蛋白質と水和水の相互相関運動の寄与が、蛋白質分子運動の寄与より大きいことが明らかになった。また、約200K以上での水和蛋白質の中性子散乱データには、水和水の集団運動の寄与が、ある散乱角方向(Q~2A^<-1>付近)に現れることが明らかになった。我々の計算結果は、通常の実験解析では無視される水和ダイナミクスの効果を含めて実験データを解析する必要があることを示す。これらの結果は、現在投稿準備中である。
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