ヒトでは、酸素貯蔵と酸素運搬の役割はそれぞれミオグロビンとヘモグロビンが担っているが、節足動物や軟体動物の酸素貯蔵および運搬はHcが担っている。Hcはタイプ3銅含有タンパク質の一つであり、本研究で用いた節足動物のHcは同一のサブユニットが6個集まった6量体を構造ユニットとして、6量体構造ユニットが集まって超分子を形成する。各サブユニットは一対の二原子銅からなる活性部位を1つ有し、各々の活性部位に酸素1分子が結合する。Hcはヘモグロビンと同様、酸素分子脱着において協同効果を示すことが良く知られているが、pHによる酸素結合能の違い(ボーア効果)や協同効果に影響を与える因子の分子機構に関しては依然不明な点も多い。 本年度は3種類の節足動物由来Hcにおいて、pHによる活性部位構造変化が酸素親和性に及ぼす影響をフラッシュフォトリシス法とK吸収端のX線吸収分光法(XAS)を用いて調べた。フラッシュフォトリシス法の測定により、酸素親和性のボーア効果は酸素解離速度K_<off>よりも酸素結合速度k_<on>に由来することが示唆された。また、Hcの銅配位構造をpHの関数としてXASにより見積もった。既知構造のモデル化合物における銅配位構造とXASスペクトルの線幅との相関に基づいてHcの銅活性部位の構造変化を解析したところ、Hcの銅活性部位の配位構造はオキシ体では調べた全てのpHで変化しなかったのに対して、デオキシ体ではpHによって大きく変化した。X線吸収微細構造スペクトルの1s→4p_z遷移の強度変化から、デオキシHcの銅活性部位がpH依存的に擬四面体構造から三角形構造へ変化することが解かった。また、観測された構造変化はフラッシュフォトリシス法によるアルカリpHでの酸素親和性の向上とよく対応していた。これらの結果より、還元型Hcの酸素結合速度はCu(I)の配位構造に依存し、節足動物のボーア効果の構造的要因が示唆された。
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