脳神経系発生過程では細胞増殖・細胞分化・細胞死が時空間的に協調して生じ、適切なサイズ・形態の組織が形成される。近年、生細胞間の相互作用に加え、死細胞と生細胞の相互作用が増殖や分化などに影響を与えうることが示唆され始めている。しかしながら、大量の細胞死が生じる脳神経系発生過程でそうした現象があるのかどうか殆ど明らかになっていない。カスパーゼシグナルノックアウトマウス(caspase-3/caspase-9/apaf-1)は、この細胞増殖・細胞分化・細胞死のバランスによる組織のサイズ制御機構を調べる上でよいモデル系になると考えられる。これらの変異マウスでは、脳神経系領域で細胞死が欠損するとともに細胞の過増殖が認められ、極端な場合、層構造の破綻、局所的ロゼッタの形成といった組織構築異常をきたす。この表現型は細胞死欠損による神経前駆細胞の過剰形成によるものと考えられてきたが、組織構築異常には他の現象も複合的に関与している可能性がある。そこで本研究では、アポトーシスの実行因子カスパーゼの機能を手掛かりに、マウス脳神経系形成過程における細胞増殖・分化と細胞死との関わりの包括的理解を目指している。本年度は、カスパーゼシグナルノックアウトマウスで生じている組織構築異常の詳細な解析を行なった。驚いたことに、これらの変異マウスでは神経前駆細胞の過剰形成は生じていないことが明らかとなった。この結果は、これまでの解釈とは異なりアポトーシスが正常に実行されずとも脳神経系の適切なサイズは保たれるということを示しており、発生過程の堅牢性と可塑性の大きさを如実に示す点で意義深いと考えられる。今後は、どのような仕組みで適切なサイズが維持されるのか、これらの変異マウスにおける細胞死動態の観察と挙動が正常とは異なる因子の同定を行なっていく予定である。
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